
「仕事中にどうしても集中が切れる」「大事なプレゼン前で動悸がする」
そんなとき、とりあえず深呼吸していませんか? じつは、ただの深呼吸では不十分です。集中したいときと落ち着きたいときでは、効く呼吸法がまったく違うからです。
スタンフォード大学医学部・神経生物学者のアンドリュー・フーバーマン教授は呼吸について次のように述べています。
「自律神経系には、消化のように私たちが制御できないものも含まれていますが、呼吸のように意識的に制御できる要素もあります。だからこそ、呼吸は "通常は自動的に機能するもの" を私たちが意識的に操作できる "入り口" となるのです」*1
つまり呼吸は、自律神経系に意識的にアクセスできる "唯一のリモコン" 。ポイントは「使い分けること」。脳と身体の状態を切り替える、最もシンプルで強力な手段なのです。
なぜ「呼吸」が脳のパフォーマンスを左右するのか
呼吸は、ただ酸素を取り入れるための空気の出入りではありません。脳の覚醒や集中、リラックスの度合いを直接コントロールできるスイッチなのです。
脳のなかには、「青斑核(せいはんかく)」と呼ばれる、覚醒レベルを調節する部位があります。呼吸のパターンは、この青斑核に直接影響を与え、脳全体の状態を変えるのです。
2017年にScience誌に掲載された研究では、呼吸のリズムがこの青斑核に信号を送り、脳の覚醒状態を変化させることが示されました。*2
具体的には以下の通りです。
・ 吸う息(吸気)は「交感神経」を刺激し、心拍数を上げて覚醒モードへ
・ 吐く息(呼気)は「副交感神経」を刺激し、心拍数を下げてリラックス状態へ
つまり、吸う時間が長ければ「やる気スイッチ」が入り、吐く時間が長ければ「落ち着きスイッチ」が入る。自律神経を意図的に動かせる、ほぼ唯一の方法が「呼吸」なのです。
さらに、鼻呼吸には脳の学習・記憶機能を高める効果もあることが、スウェーデンにあるカロリンスカ研究所などの最新研究から明らかになっています。
鼻で呼吸をすることで、記憶を司る「海馬」の神経活動が活性化・同期し、記憶の定着や集中力がアップ。反対に、口呼吸をしているとこの効果は得られません。
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脳を"戦闘モード"に切り替える呼吸法
「午後の会議で眠くなる」「勉強に取り掛かるエンジンがかからない」というときに有効なのが、「サイクリック・ハイパーベンチレーション(循環式過換気)」です。
【やり方】
- ✔︎ 鼻から深く息を吸い込み、お腹と胸を膨らませる
- ✔︎ 口から「ふっ」と短く息を吐き出す(完全に吐き切らず、肺に少し残すイメージ)
- ✔︎ これを20 〜 30回繰り返す
- ✔︎ 最後に一度息を吐き切り、15 〜 30秒ほど呼吸を止める
この呼吸法を行うと体内でアドレナリンが分泌され、眠気やだるさが吹き飛ぶような「戦闘モード」の状態になります。
フーバーマン教授によれば、この状態では視覚的な集中力(フォーカス)が高まり、短時間で高いパフォーマンスを発揮しやすくなるといいます。*1
【ポイント】
- ✔︎ 朝一の仕事前や、集中を高めたい前半の時間帯におすすめ
- ✔︎ やりすぎると過呼吸のようになるため1日数回でOK
- ✔︎ 運動前の"ウォームアップ"としても有効
ぜひ、スイッチが入ったようにやる気を出したいときに試してください。
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ストレスが3秒で消える"生理的ため息"とは?
緊張・不安・イライラ。これらの感情に飲み込まれそうになったときは、
「とりあえず深呼吸」ではなく、「フィジオロジカル・サイ(生理的ため息)」がおすすめです。ストレスが即座に消え、3秒で落ち着く最強の休息法です。
フーバーマン教授が「リアルタイムのストレス解消に最も効果的」と太鼓判を押すのが、この「生理的ため息」。私たちは眠っているときや泣いているとき、無意識にこの呼吸を行っています。
【やり方】
- ✔︎ 鼻から限界まで息を吸う
- ✔︎ その状態から、さらにもう1回で短く鼻から吸い込む(これで肺の奥の肺胞が完全に開く)。
- ✔︎ 口からゆっくり、肺が空になるまで吐き切る
人間はストレスが溜まると肺の奥の小さな袋(肺胞)が潰れ、二酸化炭素が溜まります。2度吸ってから、ゆっくり吐くことで、肺の奥にたまった二酸化炭素を一気に排出し、心拍数をスッと落ち着けてくれます。*3
【ポイント】
- ✔︎ プレゼン直前・面接前など、「即効で落ち着きたい場面」で使える
- ✔︎ 数回で十分に効果あり
- ✔︎ 1日に何度使ってもOK、クセにするのが理想

土台を作る「鼻呼吸」の習慣化
集中力が持続しない人の多くは、じつは「口呼吸」の習慣が根本原因です。特にデスクワーク中は、無意識に口呼吸をしてしまいがち。この状態では、脳の酸素供給が乱れ、疲労しやすくなってしまいます。
鼻呼吸を意識するだけで、脳のパフォーマンスは安定します。*4
・ 意識的に口を閉じ、鼻だけで呼吸する
・ 呼吸は「ゆっくり吸って、長く吐く」リズムを意識する
・ 水をこまめに飲むなどして、口呼吸を防ぐ工夫も有効
さらに、「吐く時間」を長くすることで、二酸化炭素耐性(CO₂トレランス)が上がり、ストレスに強く、疲れにくい脳の状態をキープできます。
***
「やる気が出ない」「イライラする」といった感情を根性でコントロールするのは困難です。しかし呼吸という物理的な動作なら、いますぐ変えられます。次に集中が切れたとき、まずは自分の呼吸に意識を向けてみてください。
よくある質問(FAQ)
Q呼吸法はどれから始めるのがいいですか?
Aまずはリラックス系の「生理的ため息(フィジオロジカル・サイ)」から始めるのがおすすめです。短時間で効果を実感しやすく、場所を選ばず実践できるため、日常に取り入れやすいでしょう。
Q口呼吸が習慣になっているかどうか、どうすれば確認できますか?
Aデスクワーク中やスマートフォンを見ているとき、無意識に口が開いていないか確認してみてください。朝起きたときに口や喉が乾燥している場合は、睡眠中に口呼吸をしている可能性があります。
Qサイクリック・ハイパーベンチレーションは毎日やっても大丈夫ですか?
A毎日行なっても問題ありませんが、やりすぎると過呼吸のような状態になる可能性があるため、1日数回程度にとどめましょう。朝一や集中が必要な作業の前など、タイミングを決めて行なうのが効果的です。
Q集中したいときとリラックスしたいとき、呼吸法を使い分けるコツは?
A「吸う時間が長い=覚醒モード」「吐く時間が長い=リラックスモード」と覚えてください。やる気を出したいときは「サイクリック・ハイパーベンチレーション」、落ち着きたいときは「生理的ため息」を使い分けましょう。
*1 Huberman, A. (2022)."How to Use Your Nervous System to Enhance Your Immune System" HubermanLab.com 神経系を使って免疫システムを強化する - Huberman Lab
*2 Yackle, K. et al. (2017). Breathing control center neurons that promote arousal. Science. マウスの覚醒を促進する呼吸制御中枢ニューロン | Science
*3 Noble, D. J., & Hochman, S. (2019). Hypothesis: Pulmonary afferent activity patterns during slow, deep breathing contribute to anxiolytic effects. Frontiers in Physiology. 仮説:ゆっくりとした深呼吸中の肺求心性活動パターンが生理的リラクゼーションの神経誘導に寄与する - PubMed
*4 Zelano, C. et al. (2016). Nasal respiration entrains human limbic oscillations and modulates cognitive function. Journal of Neuroscience. 鼻呼吸は人間の辺縁振動を同調させ、認知機能を調節する - PubMed
橋本麻理香
大学では経営学を専攻。13年間の演劇経験から非言語コミュニケーションの知見があり、仕事での信頼関係の構築に役立てている。思考法や勉強法への関心が高く、最近はシステム思考を取り入れ、多角的な視点で仕事や勉強における課題を根本から解決している。