
職場におけるストレスの原因の多くは、「人」にあるように思えます。しかし、その「困った人」を生み出しているのは、じつは環境かもしれません。評価制度や競争圧力、組織文化、世代間ギャップといった目に見えない条件が積み重なり、特定の行動様式がなかば必然としてつくり出されていくのです。『あなたの職場を憂鬱にする人たち』(集英社インターナショナル)を上梓した、心理学者の舟木彩乃先生は、「困った上司」を性格論で終わらせず構造として理解することの重要性を説きます。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹
【プロフィール】
舟木彩乃(ふなき・あやの)
千葉県出身。心理学者(筑波大学大学院博士課程修了/ヒューマン・ケア科学博士)。公認心理師・精神保健福祉士。官公庁カウンセラー。株式会社メンタルシンクタンク(筑波大学発ベンチャー)副社長。博士論文の研究テーマは「国会議員秘書のストレスに関する研究」(筑波大学大学院専攻長賞受賞)。カウンセラーとして約1万人の相談に対応し、中央官庁や地方自治体のメンタルヘルス対策に携わる。Yahoo!ニュースエキスパートオーサーとして「職場の心理学」をテーマにした記事、コメントを発信中。著書に『あなたの職場を憂鬱にする人たち』(集英社インターナショナル)、『発達障害 グレーゾーンの部下たち』(SBクリエイティブ)、『「なんとかなる」と思えるレッスン』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『「首尾一貫感覚」で心を強くする』(小学館)がある。
業界が変わると「困った上司」の傾向も大きく変わる
上司の問題行動について相談を受けるとき、多くの人が「あの上司は性格が悪い」と表現します。ただ、私はその言い方に少し違和感を覚えます。現場を見ていると、個人の性格だけで説明できるケースはむしろ少なく、職場環境や業界特有の構造などが行動をかたちづくっていると感じる場面が非常に多いからです。
業界が変わると、「困った上司」の傾向がまったく異なることもあります。これは偶然ではありません。評価制度や競争の激しさ、人間関係の近さといったさまざまな条件が、人の振る舞いに影響を与えるからです。つまり、「性格のように見える行動を環境がつくっている」ととらえたほうが自然なのです。そのような困った上司の代表格を挙げましょう。
「①嫉妬する上司」が生まれやすいのは、外資系、コンサル、メディア、金融など、成果主義が徹底され数字とポジションがすべてという業界です。このタイプの上司は、部下の成果をよろこべず、手柄を横取りしたり評価を下げたり、重要な案件から部下を外したりすることもよく見られます。
周囲から見ると理不尽に映りますが、上司本人のなかでは「自分の居場所を守るための防衛」として合理化されていることが少なくありません。部下の成長が組織全体のプラスではなく、自分の価値を脅かすマイナスに見えてしまうのです。その認識がある限り、攻撃や支配は自然な選択になります。つまり、人格の問題というより、常に比較と競争にさらされる業界の構造が、そのような上司を生んでいる側面が大きいのです。

上司本人には悪気がまったくないケースも多い
また、女性比率が高い現場や地方の中小企業、仲間意識の強いベンチャーなどでは、「②プライベートに介入する上司」が増える傾向が見られます。仕事と私生活の線引きが曖昧で、恋愛や家族関係、休日の予定にまで口を出すようだと、上司本人としては善意からの行動だったとしても、受け手である部下はわずらわしい干渉だと感じます。
こうした背景には、いわゆる「バウンダリー(心の境界線)」に対する認識の弱さがあります。部下を独立した他者として尊重するより、「同じチームだからなんでも共有するべき」という感覚を優先するため、部下をコントロールできないと不安になり、距離を詰めることで安心しようとする結果、過干渉や同調圧力が強まるのです。
さらに、IT系や研究職など専門性が高い現場では、「③コミュニケーションが極端に苦手な上司」も少なくありません。専門的な能力は高くともコミュニケーションを苦手とするため、説明が不足したり、急に方針が変わったり、相手の感情に配慮が及ばなかったりします。ただし、多くは悪意があるわけではなく、背景に対人理解の弱さやメタ認知の不足、場合によってはASD(自閉スペクトラム症)など発達障害があるケースも見られます。
このタイプは自覚が薄いぶん、周囲の疲労が蓄積しやすい特徴が見られます。本人は合理的に指示しているつもりでも、部下からすると「なにを考えているかわからない」「常に振りまわされる」という感覚になるのです。結果として互いに信頼関係を築けず、職場の心理的安全性が損なわれかねません。

「なぜ、この人はこう振る舞うのか」を考える
ここまでの例を見ただけでも「困った上司」といってもタイプはさまざまであり、その背景もひとことで言えるようなものではないことがわかるでしょう。ですから、困った上司に振りまわされないためには、先に挙げたような困った上司のタイプやそうした問題行動につながる要因についてまずは知ることが肝要です。
ここまでで触れていないものを挙げるなら、世代間ギャップも、困った上司を生む大きな要因のひとつです。上の世代にとっては「叱って育てる」「背中を見て学ぶ」「仕事は生活の中心」といった価値観が当たり前でも、若い世代にはそれが押しつけや過干渉、精神論として受け取られることがあります。悪意がなくても、前提となる常識がずれているだけで、言動は容易にストレス源になってしまうのです。
そうした知識を得たうえで、「なぜ、この人はこう振る舞うのか」と考える習慣を身につけましょう。業界の競争構造なのか、発達特性によるのか、あるいは世代間ギャップなのか——そうした構造的な要因が見えてくると、「この人は私を傷つけたいわけではない」「ただ、こういう特性や背景があるだけだ」と理解でき、感情が落ち着きます。「自分が悪いのでは?」という自責のループから抜け出すための第一歩になるのです。
いうまでもなく、相手を変えることはできません。変えられるのは、自分の距離の取り方や受け止め方、環境の整え方だけです。問題を構造として理解し、自分の境界線を引き直す。その視点を持つことが、職場で消耗しないための土台になると考えています。

【舟木彩乃先生 ほかのインタビュー記事はこちら】
- 同じ上司なのに、なぜ「平気な人」と「消耗する人」がいるのか。心理学が解く「心の境界線」※近日公開
- 「言いたいことが言えない人」は消耗しやすい。心理学がすすめる伝え方※近日公開
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。