どうもこんにちは、カムラです!
パワプロの実在選手作成コーナーです!
本日は代打メンバーシリーズ第二弾、広澤克実選手を製作しました!
広澤克実とは?

栃木県立小山高等学校→明治大学→ヤクルトスワローズ (1985 - 1994)→読売ジャイアンツ (1995 - 1999)→阪神タイガース (2000 - 2003)
ヤクルト時代
1984年のドラフト1位でヤクルトスワローズに入団しました。
1985年、監督・土橋正幸の下で入団1年目から一塁手レギュラーを務めると、以降定着し、1988年シーズン以後は、池山隆寛と共に「イケトラコンビ」、または「HI砲」とも呼ばれるヤクルトの主軸を形成するようになりました。
1994年オフにFA宣言し、同年読売ジャイアンツに移籍すると、落合博満が不動の4番一塁手であったため、本職ではない右翼手や左翼手を務めることになり、不振や故障を繰り返し、レギュラーを取り続けることは叶いませんでした。
松井秀喜や清水・高橋由伸選手らの台頭で1999年オフに巨人を自由契約となると、阪神タイガースへ移籍、かつての恩師である野村の下で再びプレーすることとなりました。移籍序盤は大豊やクルーズと一塁で併用され、2002年、ジョージ・アリアスで一塁が固定されるようになると代打起用が中心となります。そうした限りある機会の中で、確実にモノにして2003年のリーグ優勝に貢献しました。
福岡ダイエーホークスとの日本シリーズでは、最終第7戦に日本シリーズ歴代最年長の本塁打を記録し、有終の美を飾りました。
日本シリーズ終了後、正式に現役引退を表明。
引退後は阪神や野球カンボジア代表のコーチに就任したり、NHKや、AbemaTV解説者に就任したりしており、「インハイに…」などの迷言を多々残しています。
査定



・基礎能力
阪神に入団した頃にはかなり衰えていたのでこの数値になりました。また、実際に見たことのある2003年を中心とした制作だったので一塁手のみを守備適性としております。
・広角打法、ハイボールヒッター
とは言え、日本シリーズ最終戦などでは年齢から想像できないようなバッティングをし、ホームランを生産していたことから広角打法やハイボールヒッターと言った特殊能力は残すことにしました。
・代打○
阪神最終年は代打起用中心だったことからつけました。
こんな感じで今回は終わりです!次回は関本選手を作ってみようかなと思います、それでは!
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