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平修氏の『暁の詩』を再読して

こんばんは。お疲れ様です。

 

私は今晩お風呂上がりに時間もあって、急に友人の詩集を読みたくなって、再読しました。

 

初めて読んだ時は場所はカフェで、しかもかなり混んでいる時に読み、そこで感想のブログも書いたので、慌ただしいものになってしまいました。申し訳なかったです。

 

ただ今夜は風の音を聴きながら、じっくりと読めました。

 

感想を一言で言うと、それは生きづらさでもあり、すごく尊いものでもあり、感情が凝縮したエッセンスでもあり、未来に向かうものでもありました。

 

彼の生きづらさは尋常じゃないものがあり、猛り狂って筆を執る姿はさながらバルザックのようなのかもしれないと思いました。熱情や激情、憤怒や悔恨、夢や希望、すべてが綯い交ぜになって、泥まみれになって歩む姿にきっと誰もが自身を重ねる気がします。病に侵されながらも尚自身を保ち美しいセカイを描こうとするのは芸術家の一つの典型であり、宿命という気がします。

 

呪われているとも言える彼の描くセカイは奇妙に美しく、均整が取れていて、それでいて謎めいていて、奥深い。もしかしたら彼がその作品を書いている時には、何か別人格のようなものが憑依してそれを書かせているのでは、と思ったりもしました。

 

彼の中にある度肝を抜く怒涛のようなエネルギーが彼を堰き止めるものを突き抜けて、彼をどこかに届かせるといいなぁと強く思いました。




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