抽象的な話になってしまうが、ものを考える時に善と悪・罪と罰という観念は出てくるだろう。いくら同情すべき事情があったとしても、なんでも許されるわけじゃない。
そして、最終的にジャッジを下すのは個人個人でもなくて社会とか民意でもなくて、もっと大きなものだろう。そして、妥当なところに落ち着くという気がする。
歴史のドキュメント(例えば、映像の世紀・バタフライエフェクト)などを見ていると、現実は厳しくて、悲しい結末を迎える人生も多いなと思う。
いくら周囲が同情してくれても、最終的に自分の人生に責任を取るのは自分自身だし、その人はその人がした選択をすべて覚えている。言い逃れはできない。そういった意味で人生はとても厳しい。満足して、死に切れる人がどれぐらいいるのだろうか?半分位だろうか?もっと少ないだろうか?
ある意味で人生はフェアだと思う。どんな人も天国に行く可能性も地獄に堕ちる可能性もあると思う。そして、それは自身の手に委ねられているとも言えるし、もっと大きなものの采配に委ねられているとも言えるのかもしれない。