真面目にストイックに生きている部分と能天気に気ままに生きている部分がある。どちらも自分だ。
ところで、人が人と関わる意味は自分にはないものを取り入れる為というのもあるかもしれない。もしくは自分の中にはあるけれど、意識していなかった部分を意識する為に人は人と出逢ったり、関わったりするのかもしれない。
自分の中の光の当たらない、目を背けたい影(シャドー)の部分と向き合うことはストレスだけれど、心地良さもある。
誰かが嫌なのはその人の中に自分の欠点を見るからだ。いわゆる同族嫌悪というやつだ。
結局そういったものを克服するためにはそういう人と関わるしかないのかもしれない。いわゆる他流試合に揉まれるというやつだ。
過去を振り返って、良くない挫折のような思い出の方が得るものは多くて、成長に繋がったし、いろんなことが今では良い思い出だ。
やっぱり人はいろいろなことを経験して、その上で克服して、開かれた人格になれた方が良いと思う。そうじゃないと多くの人に届く物語は紡げないと思うから。