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生成と知り損したと思う感じ。

 

に一度、私の勤める会社では、社員による「フォトコンテスト」が開催されます。撮影した写真をメールに添付するなどして本社に送ると、それが毎月発行される社内報に載ります。さらに、掲載された写真のどれが良かったかをアンケートにて回答すると、本社の偉い人がその結果をまとめてくれて優勝者が決まるわけです。あ、私も写真送ろうとしたんですけど、のんびりしてたら期限が過ぎてしもうた。


ちょうど今月の社内報にその写真が20枚ほど載っているのですが、実家の犬だの、なんかよくわからん河原を撮ったのだの素人臭いのが多く、「こんなしょうもないのやったらワイが毎年優勝したるわ」と舐め腐りかけましたが、中に素晴らしい写真もあったのです。ただ、これもしかして生成した奴じゃね?という疑いもスッと頭によぎってしまうんですね。今日び、そういう予感を挟んでから評価を始めないといけないのが世の中をめんどい感じにしていると思う。


ところで、SNSのタイムラインにも生成された画像や映像がたくさん流れてきますけど、私はこれに何度も騙されてしまいました。いいねやリポストをしてたら、コミュニティノートっていう背景情報についての注釈が付いてきて、「あんたがさっきいいねしたのは、生成AIで作った、この世に存在しないものなんですわ。ぷぷぷ」とお節介を受けるわけですが、生成したものと知ると、たとえその画像や映像が良くても、なんかハズレを引いた気がしちゃいます。これきっと、それが出来上がるまでの過程とか研鑽が存在しないからだと思うのです。

 

 
いらすとやのことも忘れないでください。
武器を持つAIのイラスト | かわいいフリー素材集 いらすとや

 

ちょっと話が変わりますが、生成AIって人をどんな立場にしようとしているのでしょうか。私の一考では、出来上がるまでの過程を意識せずに、美しい映像なんかを眺めて、ただ満足してくれる人を増やしたいんじゃないかなぁと。要するに「人類の貴族化」です。古来より貴族のところには、音楽家や画家など色んな人がやって来て芸を披露したものです。でも、彼らが芸を身につけるまでにどんな苦労や暮らしをしてきたか、そんなのは貴族の知ったこっちゃあない。貴族は芸をただ受け取り、満足し、その度合いによってはお金を授ける。そういう暮らしぶりが許されていたのです。


受け取る代物から、人の苦労や研鑽といった過程を評価基準から外す人を増やすこと。そして、自分の目に叶う創作物を評価するだけの、受動的な立場になるべく固定させること。これが生成AIの目的である、なんていうと完全に陰謀論になってしまうので、「生成AIで商業をする人にとっては理想的な顧客」ぐらいの言い方にしておきましょうか。で、私が興味あるのは、物心ついたときすでに生成AI技術が身近にある「AIネイティブ」な世代です。生まれつき思いついたものを出力できる環境で育った彼らは、これまでのあらゆる技術の裏にある、人の苦労や研鑽の歴史を汲み取ってくれるのでしょうか。


ま、そのあたりはまだなんともいえないところですが、私個人の生成AIの付き合い方としては、今後の生成技術の進展にもよりますけど、さほど幅は広がらないんじゃないかなと。書き終えたブログ記事を何度か添削してもらったことがあるんですが、やはり何かが抜けてつまらなくなる。面白くするために、「もう少し文章を破綻させてみましょうか」「思い切って土佐弁で統一しましょう」などと指示出ししたら、「まっことほし氏ぜよ」とかつまらないフレーズがいきなり出てきて失望したので仕事を一切頼まなくなりました♨️

 

youtu.be

最近は坂本慎太郎の新曲を聴いてました。

 




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