このまえの三連休はいかがお過ごしでしたか。私はひたすらゴロゴロしながら、たまーにひょっこり起き上がって水道水を飲むなどしていました。休みだからと浮かれて余計なマネーを使ってしまっては、この先、クリスマスから正月にかけての祝祭ラッシュを乗り切れる気がしませんからね。節約がいちばんの金策ですわ。
などと言いつつ、あまりにも天気が良かったので、ただゴロゴロしているのも切なくなってしまい、ちょっくら地元の美術館でやっていた竹久夢ニの企画展を観に行ってきました。そうしたら、ある程度予想もしていたんですけど、客層の高齢者率がヤバかったです。若い子なんて見当たらず、私がこの場でいちばん若いまである。で、ずらりと並んだ絵の前に、なんとも重々しげなお年寄りの列ができておりまして、うーむ、ここに混じらねばならんのかと少し躊躇しました。
ともかく並んで絵を眺めていたのですが、気になったのは、あまりに歩行がぎこちない方々がそこらじゅうにいることです。見るからに体幹のバランスが怪しいのに、杖もつかずにふらーりふらりと歩いている女性がいて、どこかでそのまま床に倒れ伏してしまうんじゃないかと心配でしたね。あと、なぜイラついているのかは分からないのだけど、傍にいる奥さんに「早よせいっ」みたいなことをずっと言いながらピリピリしているお爺さんもいて、なんだか高齢化社会の悪いところを封じこめたような空気感。展示はとても良かったのですが。

しかも撮影可で太っ腹でした
なんかこういうの、日常の至るところで対峙することが増えたように思います。スーパーへ買い物などに行くと、身体能力が危うげな高齢者の方をよく見かけて、頼まれたわけでもないのに視界の隅で見守りを続けるような意識にもなるわけです。彼らに何かあれば、迅速に走り寄って対応しなければならないかもしれないし、淡い緊張感も漂います。私は介護士の経験もありますが、そこはかとなく、世間が巨大な介護施設のような雰囲気になってきたものだなと。
これは人に限らず、風景の至る所で「配慮」の必要なものに溢れてきたようにも感じます。そこらの街路樹が、ここ数年で明らかに経年か何かでボロボロになってきており、倒木の危険性があるものはテープを幹に巻いて視認性を高めた状態にしてあったりしますが、これも高齢者が転倒するかもしれない不穏を意識の片隅に入れておくのに似たものがありますね。あとは、歩道橋がやたらとサビだらけだったり、空き家が雑草まみれになっていたりと、メンテナンスが放置されているのが目立ちます。
点在するあらゆるものが古びてきて、それらが静かに助けを求めているのだけど、できずにそのままにしてある。そんなものに溢れてきていると思うのです。「いや、それはお前が住んでるあたりが田舎で高齢化しててそうなってんだから日本の特徴みたいに言うな」とか言われそうですが、東京のマンションなんかも軒なみ老朽化が進んでるそうじゃないですか。ただ、そこの住民も高齢化してるからどこにも移りたがらないせいで、建て替えの同意が取れずにそのままになってるなんて話を聞きます。人口が多いとか少ないに限らず、これが今の「日本の風情」ってことなんじゃないですか。
ちなみに私が介護施設に入るとしたらぶっちぎりでここがいい。アドレナリンの虜になって人生を終えたい。