以下の内容はhttps://star-watch0705.hatenablog.com/entry/20250919/1758275363より取得しました。


諸行無常な休日の話。

 

のまえの三連休はいかがお過ごしでしたか。ここぞとばかりに、私は仙台市で開催された「定禅寺ストリートジャズフェスティバル」を眺めてきました。街の至る所でバンドの演奏会が開かれており、会場をハシゴしながら情熱的な演奏に耳を傾けていたのですが、やっぱ仙台は都会だ。福島から仙台に来るたびに文化の豊かさを感じます。え、福島に文化はないのかって?  福島にあるのは、畑、田んぼ、用水路、地権者、檀家、消防団、集会所、自衛隊基地、猪おどし、農薬散布機、トラクター、JAバンク、精米所、ファミリーマート、だいたいこんなもんですわ🐗


それはいいとして、インターネットなどを眺めていると、何処からともなく「完璧な休日」とか「純度100%の休息」というキーワードが目に入ってきますが、とにかく質の良い休みが取りたいんだな〜っていう世相が反映されている言葉だと思います。仕事のプレッシャーや日常生活の慌ただしさ、そういう一切合切から解放されたい。そんな強い意志を感じますが、いきなりすべてをぶった斬ることを言わせてもらうと、きっとそんな休日はありませんよ。完璧な休日など存在しない。


皆様は子供のころに「完璧な休日」を取りたいと思ったことはありますか。たぶん無いですよね。「完璧な休日」を求めるのは大人だからこそでしょうが、大人が抱える感性そのものが、休日を完璧なものには成し得ないと思うのです。なんせ、大人って過去と未来に挟まれて漂流する存在であり、今この瞬間の楽しさや喜びに集中しようとも、ついつい過去のことを思い出したり、未来のことがよぎってしまうものです。常より時を感じるセンサーの範囲が広く、それに揺さぶられながら、色々な思惑を伴いつつ生きるのが大人ですからね。

 

 


故に、休むことと相性が悪いのです。もちろん子供のときよりはお金もあり、行動力もあるしで、休暇の内容自体はバリエーション豊かに仕上げることもできる。露天風呂にのんびり浸かったり、ビュッフェで爆食いしたり、それぞれが望む「演出」を用意できるし、もしくは、そういったご褒美を用意せず家でのんびりするという「演出」もまた選択できます。しかし、それらはあくまでも演出であり、休むことの本質とは、当人の心のありように他ならないわけですよね。


なので、あくまでも演出方法にすぎないものに純度というか完成度を求めて、「完璧な休日を過ごそう」などと身構えてしまうのは、もはや仕事を仕上げる感覚と同じでしょう。休日にこそ自分に不完全を許容してあげるべきなのに、綿密にデザインされた休みを取らなければ休暇にならないと切迫感に陥る人がいるとしたら、普段の仕事ぶりが、皮肉にもそのまま休日に反映されているのかもしれません。それこそ休日からは程遠い感覚です。かといって、「なるほど。完璧な休日とか目指したらかえってあかんのや。これからはなんにも考えずに休日に突入してダラダラすればいいのやな。それしか勝たん」とかいうのも、うーん、なんか違う。


結局、平日だろうと休日だろうと、諸行無常であることには違いないわけです。だからといって、自分にはどうしようもないことだから、日々に飲まれるがままに過ごす、というのは単なる放棄でしかない。楽しいことを計画してやれるならやるべきですが、それが思惑通りにいってもいかなくても、あまり大事に抱え込まず、飄々と日々をつないでいく。そんな感覚が大事だと思っているんですよ。と、そんなことを言っときながら、私がこの境地に達しているわけではまったくありません。日曜の夜は仕事に行きたくなくてのたうち回っているのは皆様と同じですよ♨️

 

youtu.be

若い方には信じられないかもしれませんが、昔は日曜日だけが完璧な休みで、土曜日は「半ドン」といって半日だけ学校や会社に行ったものですよ🥺

 




以上の内容はhttps://star-watch0705.hatenablog.com/entry/20250919/1758275363より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14