てことでちょっと旅行してきました(唐突)
山形県南陽市にある赤湯温泉。そこにある明治元年創業という旅館に泊まり、温泉に浸かって美味いものを食べて酒をたらふく飲んで帰ってきました。一泊二日程度で旅行といえるのか分かんないですけど良かったです。できれば月に一度は温泉に一泊できるくらいの金銭的・時間的余裕が欲しい。温泉ライターほし氏としてデビューする下地を作るんじゃ♨️
それはどうでもいいとして、その南陽市に烏帽子山八幡宮という立派な神社があるのですが、鳥居がでっかくて驚きました。
高さが大体12メートルぐらい。ちょっとピンとこない貴方のために、ロボットアニメの機体で例えると、ブレンパワードとかエビル・Sと同じくらいです。さらにすんごいのは、これが別パーツ化されていないということ。つまり一体成形なんですよ。
オタク君、さっきからなにいってるかさっぱり分かんねぇと言われそうですが、⛩️って普通、縦とか横のパーツを組み合わせて作ってるわけです。明治神宮とか厳島神社の鳥居はそう。だけど烏帽子山八幡宮の鳥居は石造りで一体成形なので、継ぎ目がぜんぜんありません。どうやって作るかというと、切り出しているわけです。この巨大なものを、岩場でノミとトンカチかなんかを使ってそのままそっくり成形した上で、凄まじい重量のはずのそれをなんとかして立てかけたと。見上げながらその一連の作業を想像したら、妙な汗をかいてしまい止まらなかったですよ(^◇^;)

烏帽子八幡宮の鳥居。そして夏空。
ちょっと話が変わりますが、SNSで関西万博関連の投稿がしょっちゅうタイムラインにも流れてきますし、でかい木の輪(名前よく知らん)の画像も見かけますけど、あれ、実際に現地へ行って、一度見上げてみれば印象がすごく変わるんでしょうね。百聞は一見にしかずというけれど、それっていうのは実物を眺めることで、どれだけ人の手が掛かっているか実感できるところにあるのでしょう。
スケール感が大きいものはそのあたり分かりやすい。有名なお城や〇〇タワーなんかは、こんなデカいのよう作ったなと誰もが想像しますし、だからこそ、たくさんの人にとって目的地となる。そういうのとは逆に、例えば美術館にいって同じ絵を眺めたときなんか、ある人は「ふ〜ん」で終わるところを、別の人は「この細かいタッチ。なんちゅう神業や……」などと感じ取れたりする。これって、他人の努力を感じとれる軸線上に当人がいるかどうかの違いでしょうね。絵画を眺めてその技量に首を垂れる人は、その人自身、絵を描いていたりするからこそ、画家の努力を自分の身に置き換えて想像もしやすい。
別にこれ、人の優劣の話をしたいわけじゃないんですよ。つまり、抽象的に捉えれば、旅行の目的って、誰しも「人の努力を感じ取りに行くこと」になるんじゃないかと。なので、人それぞれ感知しやすいところに勝手気ままに向かう、というわけです。「でも富士山とかただの自然なわけじゃないすかぁ。誰が努力してんの」っていうそこの貴方。それは周りの人が富士山に行く努力、っていうか挑戦をしてるからこそ登るんですよ。富士山に登ることは、「富士山に登る挑戦」という、これも先人が築き上げた努力の軸線上をなぞる旅路なのです。お分かりか。あ、7月に入ったらまたすぐ旅行にいくんでブログはサボりがちになるかもしれません♨️
ちなみにこれが「エビル・S」です。