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貴方だけのインドアとアウトドア。

 

年のゴールデンウィーク、私はビミョーな感じでした。ちょうど家族が入院してたもんで、急な容態の変化なんかあると怖いから動けなかったんですよ。なので、近所の散策、お墓参り、飲酒、草むしり、障子紙の張り替えなどをして過ごしました。ぜんぜんゴールデンじゃない日常。そんななかSNSなんて眺めると、万博やら沖縄やら温泉やらなんやら、他人のギンギラギンなホリデーが薮からスティックに流れてくるわけです。


今より10歳若かったら、GWなのに動けない自分を恥じて血の涙を流していたかもしれませんが、もう流石にいい年です。「沖縄か。羨ましいなぁ。ま、どうぞどうぞ楽しんでらっしゃい。私はいまからホタルイカの酢味噌和えで一杯やりますわ」などと、どこに行けなくとも自分を楽しませるカードさえあればそれでいいんじゃね、みたいな感覚になる。だいたいGWなんてどこもかしこもボッタクリイベントの見本市みたいじゃないか。ワイは賢いから騙されんのだよ😎


ちょいと話が変わりますが、連休ともなるとアウトドア的なノリが世間を覆い、そうじゃないインドア的な人は肩身が狭く感じるかもしれませんね。ただ、私の感覚だと、アウトドアやインドアというのも、ごく個人的な範疇に収まるのが自然だと感じるのです。人によってアウトドアとインドアの振れ幅が違うことこそ、その人らしさじゃないのかなと。また、その点に自覚的になり、他人と無理に合わせなくて済むようになることこそ、理想的な暮らしの起点ではないのでしょうか。

 

 
用水路を眺めていたGW。

 

もうずいぶんと前から、アウトドアとインドアって対立概念と化しているような印象がありますよね。おそらく、それぞれに人間性を移入して印象論を語る人が原因でしょう。アウトドアがより活発な人間像を、インドアがより消極的な人間像を喚起させる言葉として定着してしまった。コロナ禍で一時期、インドアが世相的にもなりましたが、現状ではまたアウトドア的な姿勢の方が評価されている気がします。


それはともかく、人に対する視座として、アウトドアとインドアで人を仕分けすること、これがまず現実的ではないと思います。人の行動領域はグラデーションで成り立ちますから。それと、なにより重要なのは、その人の行動パターンがその人自身を苦しめていないかどうかでしょう。借金と病気に苦しみながら家にこもってオンラインカジノとかしてるんならやめた方がいいんですよ笑。でも、別に快適に暮らしているのなら、当人の行動パターンについてとやかくいう権利が誰にあるというのでしょう。


だからこそ、自分はインドアだから積極性が無くて駄目だ、みたいな卑下はしなくていいし、かえってそれをするというのは、酔狂的に対立概念を生み出し、人からの反応を稼ぐ人の同類となっているわけです。自分を害しつつ、他人をも害する加害者の一員となってしまう。そんなことより、自分自身の生活のスケール感に納得していく方が健やかに生きれそうな気がしますが、それほど難しいでしょうか。ああ、ちょうどいま激アツ超インドアイベントであるコンクラーベをやってますからみんなで見守りましょう♨️

 

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