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「買い切る」感覚。

 

まちょうど日本列島は寒波に襲われており、滅多に雪の降らない地方でも雪が積もって、慣れない住民がオロオロしている。そんなニュースを眺めていると、私は愉快な気持ちになってしまうのです。もっと降りたまえ積もりたまえと、心の中で雨乞いならぬ雪乞いをし、日本沈没を妄想する。アナ雪のエルサ並みの邪悪なマインドに染まりがちです。ちなみに、私が住んでるあたりでもそこそこ雪が積もりました。うん、ちょっと引きこもって暮らそう。


引きこもる準備は万全です。なんせ、年末年始にごろごろしながら読もうと買った本が、何冊か積読状態なので崩していかねばなりません。あとこないだ芥川賞を受賞した本もこれから届く予定。桜が咲いて鶯が鳴くまで外に出なくていいまであるぞ。


景気よく紙の本を買ってしまう一方、kindleはあんまり立ち上げていません。机の上でうっすら埃をかぶっている有様です。定額で多量の本を読む自由を手に入れておきながら、数倍のお金をかけて書籍を手に入れる選択をしている。明らかにコスパ悪いですけど、致し方ありません。私にとって「本」と「電子書籍」は、どちらか片方だけ残せばいいってもんじゃない。両方にコストをかけて当然だと思っています。お金が私の両手から羽ばたいてゆく💸

 

 
源氏物語を読み直そうかと(数年前から)考えている。

 

そもそもなぜ紙の本を買うのかというと、「買い切る感覚」が欲しくなるからだと思います。動画や音楽のサブスクでも感じることですが、選択肢が大量に与えられ、選び放題になったところで、それらが自分の所有物であると私には感じられません。あくまでライセンスを手に入れただけ。観た映画、聴いた音楽、読んだ本そのものを手に入れているわけではないという認識です。

 

サブスクで内容が分かるなら「本質」を手に入れてるのと同じ、という人もいるでしょうが、私は本質だけが手に入る状態に満足できないタイプなんだと思います。プルーストの「失われた時を求めて」を電子書籍で読んでも、本来あの本がもつ厚みと、それに伴う重みといった、本質以外の要素がまるで手に入らないのは寂しい。むしろ、サブスクで大量のコンテンツに触れられるのは、本質以外の価値が値引かれているからではないかとすら思うのです。


その状態に慣れてしまうと、自分が入手しているものが価値相応のものであるかどうか、その見定めが鈍るような気がして心配です。フルプライスのものは物質的な存在感があるからこそ、所持にも負担が生じる。という当然の感覚を忘れないために、紙の本が欲しくなるのかもしれません。と、いうのはだいぶカッコつけた回答で、実際は本屋に行ったときになんかピンと来て「これええな」とレジに持っていってしまう、意思の弱さと財布の紐の緩さ。この相乗効果によるものと推測されます。本棚も買わなきゃなんだよな……。

 

youtu.be

瀬戸内寂聴作詞のこの曲好きなんですよね。

 




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