以下の内容はhttps://star-watch0705.hatenablog.com/entry/20250121/1737453090より取得しました。


あの世の方がおもしろそう。

 

ビッド・リンチが死んでしもうた。

www.cnn.co.jp


あんまりにも突然のことでびっくりし、母に、「うわわ〜、デビッドリンチが死にました」と言ったところ、「どなた?」とかいうので、「ツインピークスの監督ですよ、母上」と答えたら母もうわわ〜っとなり、「谷川俊太郎中山美穂ときて、デビッドリンチか……」と意気消沈したと思いきや、「次は加藤茶あたりかね」などと不謹慎極まりないことを言うから恐ろしい。


しかし、なんか月に一度くらい衝撃的な訃報を聞く感じになってしまいましたね。一体いつからそうなったのだろうと考えて、いやいや、そう感じるのは私が年齢を重ねたせいかしら、と。この世に生まれてから親しんできた文化、それらを産んだ人々が少しずつ旅立っていくたび、自分を構成するものが徐々に削られていく感覚があるのは、歴史の蓄積が自分の中にできていたという証拠ではないのか。


それに、私より上の年代の人たちは、前々からそのような感覚を身肌に感じていたのでしょうから、これもまた成人としての心構えであると言えなくもないか。人は勝手に昇天してゆくけれど、結局のところ自然現象ですし、ただ嘆いているわけにもいかない。と、そんなふうに察しているうち、いまちょうど現役の人たちや、今後の世の中を支える若い人を応援するような心構えに移行していくのだと考えれば、悪くないのかもしれない。

 

 

 

それはそれとして、有名な人が亡くなるたびに、現世よりあの世の方がおもしろくなってきている感覚がありますね。今、パッと思いつくだけで、アホの坂田西城秀樹畑正憲八代亜紀、アランドロン、桂ざこばフジコ・ヘミング坂本龍一高橋幸宏鳥山明小澤征爾などなど、錚々たる顔ぶれが向こうへ行ってしまっている。どんどんあの世が華やかになっていくのです。もし死んだ人たち同士で交感ができるのならば、絶対に一緒になんかやってるだろうし、それを見たり聴いたりできないのは惜しいとさえ思う。


この感覚は死に対しての期待感に繋がってくる気がします。これからますます歳をとり、死が射程に入ってくると、自分が慣れ親しんだものの多くが、すでにあの世に移行している状態となります。すると、自分にとって馴染みのないものが多い現世よりも、あの世の方が明るくて馴染み深い世界に映るのではないか。思わずそこへ帰りたくなるほどに。そんなの縁起でもないなんて言われそうですけど。


考えてみればすごいですよね。これまでの人類史を勉強するたびに目にする、あの人やこの人も、全て残らず死んだのです。彼らが自分の死後に待ち受けているなどと考えるのはややファンタジーがすぎるけど、人類の歴史、その総量の一部に自分もいずれなっていくのではないかと捉えるのは、死を単なる断絶と見做さずに済む前向きな感覚かもしれません。死に対して前向き、というのもまあ変な話ですが。

 

 

youtu.be

デヴィッド・リンチは音楽家でもある。特に好きなアルバムが、作曲家のマレク・ゼブロウスキーと共同制作した“POLISH NIGHT MUSIC"。不気味さと艶やかさが同居する素敵な音像。

 




以上の内容はhttps://star-watch0705.hatenablog.com/entry/20250121/1737453090より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14