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枠の外が気になる新年。

 

末年始。泥浴びをするアフリカゾウのようにごろごろしながら、テレビを眺め酒をあおり、mixi2に投稿しつつ合間に読書と初詣を挟みこむというマルチタスクをこなしておりました。お陰様ではてなブログとかいうのは頭の隅に追いやられ、さきほどようやく正気が保てたのでこうして書き始めております。改めまして、あけおめことよろ🎍


しかし、今に始まったことじゃないがテレビがつまらん。年末年始の番組のつまらなさは底知らずで異様なレベル。ちゃんと観たのが、紅白とゆく年くる年ニューイヤー駅伝箱根駅伝ぐらいですか。いや、嘘。すでに我が家では、地上波のテレビはスクリーンセーバー的なものに過ぎず、「あ、B'zでとるわ」「いま中央大トップや」などと、画面をチラッと観たときの断片的な情報しか拾っていないのが実情です。


ずっと観ていていたとしても、どこが優勝したかなんてさっぱり分かりません。駅伝を眺めてるのに画面のど真ん中で走っている選手をみていない。逆によくみてるのが道端です。そこに居並ぶ人々や建物、田んぼや畑といった風景が目に入ります。時々、駅伝の選手と競うように歩道を走り出し、途中で息が切れて諦めるおっさんや子供がいるのが面白い。私にとってのエンタメ成分は画面の端っこにあるのです。

 

 

枠の外が気になるのですよね。バラエティ番組を見ていても、出演者ではなく、その画面の外にいるのであろう、姿の見えないディレクターやプロデューサーとの関係性や影響を読み取るようになってしまっている。紅白の司会、今回は有吉でしたけど、甲斐甲斐しく仕事をしてるのをみていて、画面に映っているのは複雑な関係性を脇に寄せて、人に見せられる形にした枠の中に過ぎないのだと、紅白に限らずどの番組を観ても思います。


枠は画面の中だけに限らない。今こうして私は家で快適にブログを書いているわけですが、外では寒空の下、バイクで年賀状を運んでいたり、懐かない犬を散歩させている人がいる。もっと範囲を広げれば、今ちょうど軍用のドローンに襲われている人や、バードストライクでエンジンがダメになった旅客機に乗っている人もいる。人が色々な状況下で連動し、この瞬間、生きたり死んだりしているという至極当たり前の察しを、もし私自身がある関係性や影響に飲み込まれそうになったときに、意識を切り替えて感得できるかどうか。


というのを、今年に限らず、ずっと自分に問いながら生活していきたいと思うわけです。そこを考えなければ、だんだんと自分で作った枠の中に安住し、そこへ他人まで閉じ込めかねないのではないか。逆に、他人が作り上げた枠にまんまとハマっていることに気づかず過ごすことになるかもしれない、というような懸念があるからです。で、おそらくその辺りを考えていけば、ブログのネタはまずもって尽きないだろうという期待もありますし。てことで今年もやっていきますか♨️

 

youtu.be

THE ALFEE、案外紅白に出たことなかったんだと知り驚く。ちなみに私がいちばん好きな曲がこれ。

 




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