前回、東京で人に会ってきたとチラッと書きましたが、いれてぃ (id:elated)さんがそのあたりのことをまとめてくださりました。ありがたぇ……ありがてぇ……。
はてなブログの方々と会ったので、実質オフ会でした。初日は中野から高円寺あたりをぶらぶら。翌日は谷中周辺を巡ったのですが、そのことを記事でまとめてくださってます。いや、ほんとに運の巡り合わせが良くてですね、予約しないで突撃したら普通に空いてていいお店だったり、ギリギリで演奏会に通されたりと、謎に我々一同、運が良かった。普段の行いが良いからね、仕方ないね。
前もってお店などは調べてありました。あんまり有名なとこだとインバウンドではち切れんばかりになってるでしょうし、なるべく穴場に行こうと計画していたのですが、実際に寄ってみると、そういうとこもそこそこ繁盛していて、しかも海外からの客しかいねぇじゃんみたいなことがありました。谷中の古民家ビアホールなんて、我々以外は外国人しかいなかったし。
とりあえずそこで千五百円のビール飲み比べセットを飲み飲みしながら、どうもこんな感じだと、そのうち穴場なんて消えてしまうかもなぁ、なんて思いました。日本はめっちゃ人気ですし、今や地球人全体が日本のことを調べるわけでしょう。そのリサーチ量は莫大で、もちろん有名どころはこれまで以上に調べられて認知される。そうでもないところだって、リサーチの総量が多いわけだから、今まで以上に認知される。となると、これまで私たち日本人が「穴場」と呼ぶに相当していたものも変化するのでしょうね。

中野ブロードウェイの純喫茶「絵夢」にて
ところで私にとっての「穴場」とは、もちろん知る人ぞ知る場所であり、それはある種の運の巡り合わせにより認知されて、同時に保護されているものだという認識でいます。そもそも穴場を知る人は少ない。よって、その穴場の情報を得る人も少なく、運よくその情報を入手できた少数の人間が目指すもの「だった」と思います。それがお店なら、そこにはたいてい開店当初からいる先達がおり、後から来た常連もいる。彼らもまたごく個人的なコネや少ない情報から店に辿り着いた、いわば似た者同士なわけです。
ネットが発達し情報の供給量が増えて、当然、穴場的な店の認知度も加速。店側がこれまで受け入れたよりも多くの客を受け入れざるを得なくなります。しかも、一度でも認識されてしまえば効果は不可逆的で、昔の状況にはまず戻れません。穴場の雰囲気とは、まさに選ばれた人が訪れるような、客同士で似た嗜好で繋がった雰囲気が保たれていてこそで、同時に店の気風を守っている面があるものですが、そういった、いわば店の「ホメオスタシス」が、認知数の増加によって取り崩されてしまうわけですね。
穴場的な存在の崩壊。今後もどんどん加速して色々なものを失わせていくんじゃないかなぁって心配してます。ただ、逆に新しい穴場だってどんどん作られていくのでしょうね。だって人間、モテたいのは人にだけじゃないのです。場所にもモテたい。「こんな空いてて雰囲気いい店、ワイだけしか知らんやろ〜。ぬっほほ」とか悦に入りたい。そういう欲望がある限り、穴場はこれからもきっと生まれる。あ、谷中はまだまだ穴場多いんでまた今度行きましょう。谷中の穴場全部行く🚶
やってることがなんか矛盾してますが、中野ブロードウェイで寄った穴場の喫茶店がここ。しょこたんのサインも確かあったような。