
今回は山形県山形市山寺にて唯一の宿泊施設、「高砂屋旅館」の宿泊記を綴ります。

山寺。正式には宝珠山立石寺と称します。こちらは有名な観光地ですし、訪れた方もいるかと思いますが、その山寺で泊まるということをされる人はさほどいないはずです。立地的に、東にゆけば煌びやかな仙台の歓楽街があり、西にゆけば天童、かみのやま、赤湯とまさに温泉天国ですから、山寺参拝は日中に済ませて、さあ今夜はどちらへ向かおうかと想像を逞しくするのが一般的かと。

しかし、私はどちらにも浮気せず山寺に留まることにしました。ということでやってきたのが、現在、山寺で唯一の宿泊施設である「高砂屋本館」です。

パッと外観を眺めた感じでは、山寺でよく見かける食堂とお土産屋さんを兼ねたお店に映りますが、店舗スペースの脇には、まさに旅館な佇まいの玄関口があります。こちらでは山寺に参拝する人への荷物預かりサービスも行なっており、私もチェックインのだいぶ前にここで荷物を預かってもらい、それから参拝をしたり、飲み食いをしてから、いよいよ登宿しました。

旅館というと、私は内観を積極的に撮るタイプなのですが、こちらは施設と生活空間が自然な溶け込み方をしており、食堂スペースで子供さんが何かを食べていたり、玄関付近でご家族様がテレビを眺められていたりと、なんとも生活感のある緩やかな雰囲気が漂っておりました。それ故、今回の撮影は色々と配慮をしております。

ということで、案内いただいたのは「松」という部屋。建物内は案外に広く、全部で四部屋あるそうですが、この日は土曜日だというのに、宿泊客は私だけということでした。なぜだかそういうシチュエーションに縁があるものです。

お部屋の方はなんとも広々としており、快適な雰囲気の和室です。3人ぐらいなら悠々と過ごせそうな部屋に私ひとりというのは贅沢なもの。

驚いたのが、障子付きのサッシ戸を開けた向こうにあったこの妙に広々としたスペース。一般的な旅館ならばソファとテーブルが設られているところですが、ここでは姿見が置いてあるだけのシンプルさ。故に無限の可能性があり、これまた贅沢というものです。

ここから外を眺めれば、山寺の麓の風景が眺められます。目の前を流れる立谷川の穏やかな河音を聴いていると、心も澄んでくるようです。

私はどうにもこの明るくシンプルな窓際スペースが気に入ってしまい、ほとんどここで過ごしていました。お茶を飲んだり、文庫本を開いたり、スマホを眺めつつ寝転がったりと、融通無碍な体たらく。おそらく、私はこういうスペースを自生活でも求めているのでしょうね。普段はどうにもせせこましく暮らしており、空いたスペースはすぐ物置きにするような発想に染まっているからこそ、この何もない空間がとても嬉しかったのです。

こちらでは民宿のようにお風呂の時間が決められています。温泉ではなく沸かし湯となり、夕方、お湯張りをしていただいたら入りに行く流れです。せっかくの貸切状態なのにお風呂を撮るのを忘れてしまいましたが、岩風呂となっており、清潔な浴室で気持ちが良かったです。湯加減も絶妙で程よい入り心地でした。

いつもながら、旅館の時間はゆたりとしているようで早いもの。夕食の時間が来たので食事会場まで足を運びました。宿泊客が私だけですから当然ですが、広々とした部屋は静まりかえっており、私の御膳だけが整然と並んでいました。

失礼かもしれませんが、旅館の外観からはまず想像もできない、絢爛たる金箔張りの床の間。その前にちんまりと私の席が用意されているのが、なんとも味わい深い情景です。

御膳の内容ですが、これまた想定以上に整った内容。丁寧に焼き上げられた鮎の塩焼きや、茶塩でいただく天ぷら、今が旬の浅葱の和物など、上品な品が多く、舌鼓を打ちました。

お酒も注文。冷酒を頼んだところ、羽陽男山の吟醸酒「つららぎ」をもってきてくださいました。仕込み水の清らかさを感じさせる清涼な味わいのお酒です。

たらふく食べ、部屋に戻って窓から外を眺めると、山間の町はとっくに闇に沈んでいました。ときおり、川向こうのJR仙山線ホームに電車がゆっくり速度を落として入り、またゆっくりと出てゆく、そのどこか平和で切ない反復を眺めるのもまた贅沢かと思います。

翌朝。窓から貫くような光が差し込んできます。せっかくなので座布団を置き、しばし瞑想の真似事などしてみました。瞑想をよく知らない私ですが、とても充足した気分になりました。

朝食もまた例の食事会場にて。シンプルな内容でさらりとおいしくいただきました。いつもながら、旅館で迎える朝とは、その日の祝福が約束されているような感覚があります。仕事や生活の重みのない、軽々とした朝。儚い感覚かもしれませんが、それを味わいに旅行に出ることが、私を支えているのだろうと思います。

今回の宿泊費は11,000円でした。こちらは温泉ではないですが、山寺に程近い立地や、部屋の心地よさ、また何より食事の素晴らしさを考えると良心的だと思います。今回は奇遇なことに私ひとりの宿泊となりましたが、繁忙期にはきっと宿泊客同士での温かい交流もあるのでしょう。家庭的な雰囲気が醸し出されるいいお宿でした。