1.一事不再理と懲戒処分
憲法39条後段は、
「同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない」
と規定しています。
これは刑事裁判の基本原則を規定したもので、「一時不再理の原則」あるいは「二重処罰の禁止」と呼ばれているルールです。
使用者が労働者に対して行う懲戒処分は、刑事罰ではありません。しかし、制裁罰としての性格を持ち、刑事処罰と類似性をもつため、刑事裁判で用いられている考え方の多くが類推されています。
一時不再理や二重処罰の禁止も同様で、
「同じ事由について繰り返し懲戒処分を行うことも禁止される」
「1つの懲戒事由(非違行為)に対し2つの処分を同時に行うこと(例えば,けん責のうえ減給処分とすること,降格のうえ出勤停止処分とすること)も,原則として禁止される」
と理解されています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第3版、令5〕599頁参照)。
しかし、一時不再理の考え方の類推は、それほど厳格に行われているわけではありません。例えば、東京地判令4.2.10労働判例ジャーナル125-32学校法人國士舘事件は、
「使用者の懲戒権の行使は、制裁罰の性質を有するものであるから、同一の行為について重ねて懲戒権を行使するものと評価されるときは、その権利を濫用したものとして無効となると解される。他方、使用者による懲戒処分は刑事罰そのものではない上、労働契約における使用者は捜査機関のような事実調査能力を有するものではないから、使用者による懲戒権の行使について、刑事手続における一事不再理の原則のような厳密な制限を課すことも相当でない。」
と述べて、一時不再理原則の適用の緩和を指摘しています。
労働事件における一事不再理の考え方 - 弁護士 師子角允彬のブログ
また、上述の学術書も、
「一方の措置(例えば降格)が,企業秩序違反行為に対する制裁罰としてではなく,適格性・能力の低下・欠如を理由とした人事上の措置としての性格を有すると客観的に認められる場合には,この措置は懲戒処分にあたらないため,一事不再理の原則(二重処罰の禁止)に反するものではない」
と述べ、人事上の不利益措置と懲戒処分の併科は禁止されないと指摘しています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第3版、令5〕599頁参照)。
このように「緩い」形に変容されてしまっているため、一事不再理の考え方が現実の場面で適用されることを目にすることはあまりないのですが、近時公刊された判例集に、一時不再理的な考え方を使って、出勤停止処分を無効とした裁判例が掲載されていました。東京地判令7.8.26労働判例ジャーナル167-38 PKUTECH事件です。
2.PKUTECH事件
本件で被告になったのは、コンピューターソフトウェアの企画、開発、販売等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、被告との間で期間の定めのない雇用契約を締結して働いていた方です。賃金を月額43万円から月額38万7000円に減額されたり(本件賃金改定)、出勤処分を受けたり、配転拒否を理由とする懲戒解雇を受けたりした後、各措置の効力を争い、賃金の支払等を請求する訴えを提起したのが本件です。
本件で注目したいのは、出勤停止処分の効力についての判断です。
裁判所は、次のとおり述べて、出勤停止処分は無効だと判示しました。
(裁判所の判断)
「前記認定によれば、原告は、客先において、離席が多い、居眠りをする、スマートフォンを頻繁に操作する、始業時間に遅れて出社する、出社後に朝食をとりながら作業をするといった行為をし、これらについて客先からクレームを受けた(前記1(3)イ)というのであり、これにより、被告の信用は害されたということができるから、原告のこれらの行為は、就業規則52条1項、53条(1)、(2)、(13)、60条1項、62条1項に反し、72条(1)、(2)、(5)の懲戒事由に当たる。」
「しかしながら、被告は、上記の他に、本件出勤停止処分の理由として、〔1〕不眠症や金銭的な余裕がないことを理由に出張できないと申し出たこと、〔2〕業務に対する理解が浅く、適切な作業ができないため、他の従業員が作業のやり直しをしていたこと、〔3〕完成条件を満たしていないものを完成品と報告したことを挙げている(前記1(4)イ)が、〔1〕については、被告自身、原告の申し出を認めてD支社の案件に関する業務を在宅で行うことを認めていた(前記(1)ア)のであり、これを懲戒事由とみることはできないし、〔2〕及び〔3〕についても、原告の業務の状況が芳しくなかったとはいえるものの、そのことから直ちに懲戒事由に当たるということはできない。しかも、被告は、〔1〕から〔3〕までの事情を踏まえて、原告に対し賃金の減額を提案し、本件賃金改定を行っている(前記1(2))のであり、既に〔1〕から〔3〕までの事情を理由に原告に対して一定の不利益を課しているということができる。その他、出勤停止処分は、被告において、諭旨解雇の次に重い懲戒処分とされており、出勤停止期間中、賃金は支給されない(前提事実(1)ウ、別紙「就業規則の定め(抜粋)」の5)など、不利益の程度が大きい処分であって、その相当性は慎重に判断すべきであると解されること、本件出勤停止処分は、就業規則上の上限である1か月間の出勤を停止するものであり、出勤停止処分の中でも最も重い処分であることも考慮すると、前記のとおり原告において懲戒事由に当たる事情が認められるとしても、本件出勤停止処分は、原告の非違行為の内容、程度に比して重過ぎる処分といえ、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当なものとは認められないから、懲戒権が濫用されたものとして無効というべきである。」
「したがって、令和5年4月分の賃金の支払を求める原告の請求は理由があるが、前記2のとおり、原告の賃金は本件賃金改定により月額38万7000円と改定されているから、原告の上記請求は38万7000円の支払を求める限度で理由がある。」
3.傍論的な判断ではあるが・・・
出勤停止事由〔1〕~〔3〕は、そもそも懲戒事由に該当しないという判断がなされています。その意味で傍論的な判断にはなるのですが、裁判所は既に賃金の減額改定措置がとられていることを懲戒処分の効力を否定する事情として指摘しました。
人事上の措置と懲戒処分の併科が禁止されていないという状況のもと、懲戒処分以外の不利益取扱いが懲戒処分の効力を否定する事情となり得ると示されたことは比較的珍しい判断であり、注目に値します。懲戒処分の処分事由と重複した理由による不利益取扱いが先行している事案で、懲戒処分の効力を争うにあたり、裁判所の判断は実務上参考になります。