1.専門職・特殊技能職と職種限定合意
一般に、
「医師,看護師,自動車運転手など特殊の技術,技能,資格が必要な職種の場合,使用者と労働者との間に明示又は黙示の職種限定の合意が成立し得る」
と理解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕291頁参照)。
こうした専門職・特殊技能職との関係では、明示的な職種限定合意がされていないケースであったとしも、黙示的な職種限定合意が認定される例は少なくありません。
ただ、専門職・特殊技能職といっても、その内実は多様であり、どのような職種で職種限定合意が認められるのかについては普段から裁判例の動向を注視しておく必要があります。
近時公刊された判例集には、航空機操縦士について職種限定合意が否定された裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令7.8.28労働判例ジャーナル167-36 エアクラフトセールズ&リース事件です。
2.エアクラフトセールズ&リース事件
本件で被告になったのは、中古航空機の販売、リース等を業とする株式会社です。
原告になったのは、回転翼航空機の事業用操縦士の資格を有している被告の元従業員の方です。未払分の賃金や立替金、代表者や上司Cから違法なパワーハラスメントや違法な配置転換を受けたことを理由とする慰謝料等を請求する訴えを提起したのが本件です。
違法な配置転換との関係で言うと、原告は、被告との間において、従事すべき業務の内容を航空機操縦業務に限定する旨の職種限定合意があったと主張しました。こうした職種限定合意があったにもかかわらず、自動車運転手としての勤務を命じたことは違法だというのがその論旨です。
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、職種限定合意の成立を否定しました。
(裁判所の判断)
「原告は、原告と被告との間には原告の従事すべき業務の内容を航空機操縦業務に限定する旨の職務限定合意があり、被告が原告に自動車運転手としての勤務を命じたことは、上記合意に反する違法な配置転換に当たると主張する。」
「しかしながら、原告と被告との間で取り交わされた雇用契約書においては、原告の従事すべき業務の内容として『飛行業務全般及び場外離発着場関係の業務、またその他会社の業務全般』と記載されており(甲1、前記前提事実(2)ア)、このような契約書の記載に照らせば、原告と被告との間において原告の従事すべき業務の内容を航空機操縦業務等の特定の業務に限定する旨の合意がされたとは認め難く、航空機操縦業務は原告が従事する可能性がある業務の一つにとどまっていたとみるのが相当である。これに対し、原告は、回転翼航空機の事業用操縦士の資格を有しており、当該資格を生かした仕事をしたいと考えて被告に入社したことなどを主張するが、これら原告の主張する事情を考慮しても、原告と被告との間において上記合意が成立していたと認めるには足りない。」
「したがって、原告と被告との間において職務限定合意が成立していたことを前提とする原告の上記主張については、その前提において採用することができないから、当該合意に違反する配置転換を理由とする損害賠償請求については理由がない。」
3.認められても良さそうには思えるが・・・
裁判所は雇用契約書における従事すべき業務の内容として「その他会社の業務全般」と書かれていたことに着目し、職種限定合意の効力を否定しました。
しかし、航空機操縦士というと、かなり専門性の高い業務なのではないかと思われます。また、求人の経緯が今一良く分からないのですが、使用者の側は原告航空機操縦士として働きに来たことを認識し得たのではないかと思います。
そう考えると黙示的な職種限定合意が認められても良さそうには思えるのですが、裁判所は、職種限定合意を認めませんでした。専門職・特殊技能職に対する職種限定合意の成否を判断して行くにあたり、裁判所の判断は、実務上参考になります。