以下の内容はhttps://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2026/01/30/003758より取得しました。


最高裁判例:疲労・心理的負荷の過度の蓄積⇒精神疾患の発症⇒自殺念慮出現の可能性の機序が平成24年時点で既に広く知られていたとされた例

1.自殺の予見可能性

 不法行為であれ債務不履行であれ、損害賠償を請求するためには、故意や過失、因果関係といった要素が必要になります。

 ここでいう「過失」とは結果予見義務を前提としたうえでの結果回避義務違反をいいます。また、相当因果関係とは、当該行為から当該結果が生じることが社会通念上相当だといえる関係にあることをいいます。社会通念上の相当性の有無を判断するにあたっては、当該行為から当該結果が生じることを予見できたのかどうかが問われることになります。

 この予見可能性を自殺事案においてどのように把握するのかには、大きく言って二通りの考え方があります。

 一つ目の考え方は、心理的負荷のもとになる出来事の認識で足りるとするものです。

 自殺事案では、

強い心理的負荷のもとになる出来事 ⇒ 精神障害の発症 ⇒ 自殺

という経過が辿られます。

 一つ目の考え方は、強い心理的負荷のもとになる出来事の認識さえあれば、自殺の結果まで具体的に予見していなかったとしても、予見することが可能であったといえることから責任を問うても構わないという発想です。

 二つ目の考え方は、自殺を問責する以上、あくまでも自殺の結果が生じることについて予見していなければならないというものです。

 以前、下級審の趨勢が一つ目の考え方に依拠しているのではないかという記事を書きました。

自殺の予見可能性-加重な業務に従事する状態についての予見可能性で足りるとされた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 近時公刊された判例集に、一つ目の考え方に依拠しているのではないかと思われる最高裁判例が掲載されていました。最二小判令7.3.7労働判例1342-14 静岡県(県警察・両親側)事件です。

2.静岡県(県警察・両親側)事件

 本件は静岡県警察所属の警部補が自殺したことを受け、その両親が県に対して提起した国家賠償請求事件です。原審広島高裁が、業務の過重性を否定し、警部補の自殺を具体的、客観的に予見することができたとは言い難いとして両親側の請求を棄却したところ、両親側の上告k受理申立が受け付けられたのが本件です。

 最高裁は次のとおり述べて原審を破棄し、事件を高裁に差し戻しました。

(裁判所の判断)

「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の上記注意義務の内容に従ってその権限を行使すべきものである(最高裁平成10年(オ)第217号、第218号同12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照)。この理は、都道府県とその都道府県が置く都道府県警察の警察官との間においても別異に解すべき理由はない。そして、上記警察官に対し職務上の指揮監督を行う権限を有する者がその権限を行使するに当たって上記注意義務に違反したことを理由として、上記都道府県が国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負うか否かを判断するに当たっては、上記警察官が従事した業務に係る諸般の事情を総合的に考慮すべきものであり、その際には、認定基準において示されている知見をしん酌し得るものではあるが、認定基準が示す要件に該当しないことをもって直ちに上記損害賠償責任が否定されるものではない。」

「前記事実関係等によれば、A警部補は、自殺直前の約1か月間に、静岡県警察における業務として、それ以前から行っていた中央交番の交番長としての業務に加えて、職場実習指導員の業務にも従事することとなった上、連続窃盗事件見回りをしていたほか、本件研修準備という中央交番の交番長としての業務とは異なる内容の業務にも従事していた。その結果、A警部補の自殺直前の1か月間における時間外勤務時間数は、その前の1か月間における約43時間から、その倍以上に増加して112時間を超えるに至っており、A警部補が自殺直前の時期に行っていた業務の量は、従前から行っていた業務に相当程度の負荷を伴う複数の業務が加わることによって大きく増加していたといえる。また、A警部補は、3班に分かれての交替制勤務を行う中で、自殺直前の1か月間に、僅か1日の休みを挟んで14日間もの連続勤務を2回にわたり行っており、これらの連続勤務の中には、拘束時間が24時間に及ぶ当直の勤務がそれぞれ5回含まれていた上、A警部補は、各当直明けの非番の日にも相当の時間の勤務を行ったというのであるから、このような勤務の態様からしても、A警部補が自殺直前の時期に行っていた業務は、A警部補に相当程度の疲労や心理的負荷等を蓄積させるものであったということができる。以上によれば、A警部補は、上記の時期に、精神疾患の発症をもたらし得る過重な業務に従事していたということができるところ、A警部補が発症したうつ病エピソードについて、上記業務のほかには、その発症に寄与したと解すべき事情はうかがわれない。そうすると、A警部補が従事した静岡県警察における過重な業務がA警部補の精神疾患の発症及びこれによる自殺という結果の発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性があると認めるのが相当である。」

「そして、A警部補の上司らは、A警部補が、管内で連続窃盗事件が発生している中央交番の交番長を務めつつ、職場実習指導員に指名され、本件研修の参加者にも選出されたことを当然に把握している立場にあった上、中央交番の勤務日誌を閲覧し、地域課長においてA警部補から時間外勤務実績報告書の提出も受けていたものであり、それにもかかわらずA警部補の上司らがA警部補の従事する業務の具体的な状況を把握し得なかったと解すべき事情はうかがわれない。したがって、A警部補の上司らは、A警部補が客観的にみて精神疾患の発症をもたらし得るような過重な業務に従事していることを認識することができたというべきである。そして、労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、その心身の健康を損なう危険があり、労働者が精神疾患を発症した場合には、その病態として自殺念慮が出現する可能性のあることは、A警部補が中央交番に勤務していた当時においても広く知られていたし、A警部補が自殺の3か月ほど前に受けたストレス診断で最低評価となっていたことも地域課長は知っていたのである。したがって、A警部補の上司らは、A警部補の業務を適切に調整するなど、その負担を軽減するための措置を講じなければ、A警部補がその心身の健康を損なう事態となり、精神疾患を発症して自殺するに至る可能性があることを認識することができたというべきである。そうであるにもかかわらず、A警部補の上司らは、A警部補の負担を軽減するための具体的な措置を講じていない。」

「そうすると、A警部補の上司らは、A警部補に対する職務上の指揮監督権限を有する者として、その権限を行使するに当たって、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積してA警部補がその心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負っていたにもかかわらず、当該注意義務を怠ったというべきであり、これによってA警部補が精神疾患を発症して自殺するに至ったということができる。」

「したがって、被上告人は、上告人らに対し、A警部補の自殺により上告人らが被った損害について、A警部補の上司らが上記注意義務に違反したことを理由として国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負うというべきである。」

「以上と異なり、原審は、A警部補の従事していた業務が本件記述にいう「質的に過重な業務」に該当しないことのみをもって直ちに上記業務とA警部補の自殺との間に相当因果関係があるとは認め難いとし、これを前提として、被上告人が上記損害賠償責任を負わないとしたものであるが、この原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、上告人らの損害及びその額について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。」

3.平成24年ころには既に知られていた知見

 本件では、

「A警部補(昭和55年7月3日生まれ)は、平成15年4月に静岡県警察に採用され、平成22年3月に下田警察署地域課に配属となり、その後、同警察署中央交番の交番長として勤務していたが、平成24年3月10日に自殺した。

という事実が判示されています。

 最高裁の判示は、

疲労や心理的負荷等の過度に蓄積⇒精神疾患の発症⇒自殺念慮出現の可能性

という機序について、平成24年ころには既に広く知られている知見になっていたとの判断を含意しています。

 これを理由に、

負担軽減措置を講じない時点で、精神疾患を発症して自殺に至る可能性があることは認識できたはずだ、

と判示しました。

 これは、強い心理的負荷のもとになる出来事の認識さえあれば、自殺の結果まで具体的に予見していなかったとしても、予見することが可能であったといえることから責任を問うても構わないとする下級審裁判例の流れを追認したものと評価できそうに思います。

 自殺事案における予見可能性の捉え方に最高裁としての判断を示したものとして、本件は実務上参考になります。

 

 




以上の内容はhttps://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2026/01/30/003758より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14