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月収約36万円+αの労働者に対し、1000万円の限度で競業違反の違約金を課することが有効とされた例

1.退職後の競業避止義務を定める合意

 会社と従業員との間で交わされる退職後の競業避止義務を定める合意の効力は、一般に、次のとおり理解されています。

「就業規則によって退職後の競業行為を禁止したとしても、退職後には労働者に職業選択の自由(憲22条)が保障されていることに照らし、その競業禁止規定の効力を無制限に認めることはできない。多くの裁判例は、①退職時の労働者の地位・役職、②禁止される競業行為の内容、③競業禁止の期間の長さ・場所的範囲の大小、④競業禁止に対する代償措置の有無・内容等を考慮し、合理的な範囲でのみ競業禁止の効力を認めている・・・。なお、最近の裁判例は、制限の期間、範囲を必要最小限にとどめることや、一定の代償措置を求めるなど、厳しい態度をとる傾向にあると指摘されている。」(佐々木宗啓ほか『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕595頁参照)。

 要するに、

従業員に対する締め付けが強ければ強いほど効力を否定されやすく、

従業員に対する締め付けが弱ければ弱いほど効力を否定されやすい、

という関係にあります。

 ただ、これは飽くまでも傾向にすぎず、締め付けが強ければ確実に無効になり、締め付けが弱ければ確実に有効になるというわけでもありません。近時の公刊物にも競業避止契約に付せられた違約金の合意を1000万円の限度で有効と判示した裁判例が掲載されていました。大阪高判令7.6.25労働判例1341-128 シーリス元従業員事件です。

2.シーリス元従業員事件

 本件で原告(被控訴人)になったのは、

土木工事業、水道施設工事業、舗装工事業などを目的とする会社であり、土木・建設工事のうち、給排水設備施設・修繕、上下水道管敷設・修繕工事、道路舗装・修繕工事などを主たる事業としている株式会社X2

建設業、警備業などを目的とする会社であり、警備業のうち交通誘導警備業務を主たる事業としている株式会社X1

管工事業、給排水衛生設備工事業、上下水道設備工事業、土木工事業、舗装工事業などを目的とする有限会社X3

の三社です。

 被告(控訴人)になったのは、X1に在籍しつつ、X2に出向して業務を行っていた方です。在職中に競業行為に及んだとして、次のような内容の誓約書に署名しました。

「控訴人は、被控訴人らに対し、次の各事項を確認し誓約する。」

「1項 控訴人は、控訴人が①被控訴人らと競業関係にある会社を設立し代表となったこと、②被控訴人らの取引先との間で被控訴人らと競業する取引を行ったことを確認する。」

「7項 被控訴人ら在職中及び退職後5年間は、被控訴人らの承諾なく、被控訴人らと実質的に競合関係に立つ事業者及び被控訴人らの顧客、仕入先その他被控訴人らに関係する会社に就職し若しくは役員に就任せず、又は自らかかる事業を営むことはしない。」

11項 前各条項に違反した場合、法的な責任を負担するものであることを確認し、違約金として金2000万円を支払うほか、この違反により被控訴人らが被った損害の額がこれを超えるときは、その部分についても賠償することを誓約する。

 誓約書を差し入れた後にも競業行為に及んだとして、原告らは被告に違約金を請求する訴えを提起しました。被告が欠席したことを受け、一審裁判所は原告の請求を認容する判決を言い渡しました。これに対して被告側が控訴したのが本件です。

 本件には幾つかの争点がありますが、その中の一つに2000万円と高額の違約金を定めることの適否がありました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、1000万円の限度では有効だと判示しました。

(裁判所の判断)

「控訴人は、本件誓約書11項は、7項の競業避止義務規定と相まって、その文言上、在職中の損害賠償額をも規定し、退職後の競業避止義務と不可分一体のものとして記載しているから、労働基準法16条に抵触しており、退職後も含めた規定全部が効力を生じない旨主張する。」

「ところで、同条は、『使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。』と定めているところ、この規定の趣旨は、違約金等の請求をされることを恐れて、労働者が自由に退職できなくなるなど、不当に労働者の自由意思が束縛されることを防止することにあると解されるが、退職後の行為についての違約金の定めは、労働者の退職の自由などを直ちに制限することにはならない。また、退職後の競業避止義務の不履行については、労働契約終了後の違反行為が問題となるため、これを『労働契約の不履行』に当たるということもできない。さらに、競業避止義務違反によって生じた損害を立証するのは困難な場合が多く、本件のように既に退職前の競業行為が発覚している状況において、労働契約終了後の競業避止義務違反に対して使用者が違約金を定めることができないと解するのは、かえって公平を欠くといえる。」

「したがって、本件誓約書11項のうち、退職前の競業行為を対象とする部分については、労働基準法16条に反し無効と解されるが、退職後の協議行為を対象とする部分については、同条に反するということはできない。控訴人は、これらの規定が不可分一体であるから全体として無効となる旨主張するが、控訴人の競業行為が退職前後のどちらでされたかについては明確に区別できるから、これを全体として無効と解すべき理由はない。」

「控訴人は、本件誓約書11項の2000万円を下限とする違約金規定は、高額に過ぎて合理性を欠いており、公序良俗に反し無効である旨主張する。」

「ところで、本件誓約書は、控訴人による在職中の競業行為が発覚したことを踏まえ、その防止などの観点から作成されたものであること、被控訴人X1らの売上高及び純利益額は認定事実・・・のとおりであり、被控訴人X2は年6億円から7億円の、被控訴人X1は年3億円から5億円の売上げがそれぞれあり、控訴人の競業行為によって、相当額の損害が発生する可能性があること(なお、被控訴人らの売上げが減少しなかったとしても、より多額の売上げを得られた可能性はあるから、控訴人の競業行為によって、被控訴人らに損害が生じていないとはいえない。)からすると、違約金額を一定の高額に定めることに合理性はあるというべきである。しかし、他方で、本件誓約書11項の違約金規定は、在職中及び退職後5年間の競業行為に対するものであるが、在職中及び退職後2年を超える部分については、労働基準法16条の規定及び公序良俗に反し無効であると解される。そして、このことに加え、約3年1か月という控訴人の被控訴人X1への在籍期間及び月約36万円という控訴人の給与額・・・を踏まえると、控訴人が住宅(社宅)、社用車及び携帯電話の貸与を受けていたこと・・・を考慮しても、本件誓約書11項の2000万円という違約金の金額は、不当に高額というべきであり、その2分の1の額(1000万円)を超える部分については、公序良俗に反し無効と解すべきである。

これらからすれば、本件誓約書11項の違約金の定めは、1000万円の限度で有効と解するのが相当である。

3.幾ら何でも高額に過ぎるのではないか

 以上のとおり、裁判所は1000万円の限度であれば違約金を定めても有効だと判示しました。

 しかし、月収約36万円+α程度の労働者に負わせる違約金として、幾ら何でも高額に過ぎるのではないかと思います。誓約以前に競業行為に及んでいたことを前提とする事例判断であるにしても、裁判所の判断には強い疑問を覚えます。

 過酷な責任を引き受けるような書面の作成には絶対に応じてはならないことを示す一例として参考になります。

 




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