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業務命令権による情報収集の限界-部下との私的協議の有無や労働契約の継続意思の有無を業務命令で回答させることが否定された例

1.業務命令権

 「使用者は,労働者の労務遂行上の指揮命令だけでなく,広く企業の業務全般について労働者に指示・命令を行う業務命令権を有している」と言われています。

 この業務命令権は「労働者の本来的な職務を超え,出張,研修や健康診断,自宅待機などにも及びうるものである」と理解されています(以上について、水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第3版、令5〕252頁参照)。

 こうした教科書的な説明からも分かるとおり、使用者が持っている業務命令権はかなり広範囲に及びます。そのため、会社が発令した業務命令が効力を否定されることは、あまりありません。

 しかし、近時公刊された判例集に、業務命令の効力が否定された裁判例が掲載されていました。東京地判令7.6.27労働判例ジャーナル165-48テクトロン事件です。

2.テクトロン事件

 本件で被告になったのは、コンピューター機器、事務機器の販売等を目的とする株式会社です。従業員持株会を除き、その株主は代表取締役Bとその親族で構成されており、専務取締役をBの妻であるDが勤めていました。

 原告の方は平成5年に被告に入社し、平成28年4月1日付で取締役に選任され、従業員兼務役員としてE営業本部の部長を務めていた方です。F本部長の取締役不選任に反対する意向を示したところ、営業部の従業員の相当数が辞表を作成し、F本部長と原告に交付する辞退になりましたが、令和3年3月31日、結局、原告の方もF本部長と同じく取締役に再任されないことになりました。

 それ以降も、原告は従業員として被告に残留していましたが、譴責処分を受けたり、減給を伴う職位変更を受けたりした後、懲戒解雇されてしまいました。

 こうした経過を受け、譴責処分の無効確認や、減給の無効を理由とする差額賃金請求、懲戒解雇が無効であることを理由とする地位確認請求等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本日、注目したいのは、譴責処分の無効確認請求についての判示です。

 被告が譴責処分の処分事由の中核に位置付けたのは、

「原告に対し、F本部長の退任に関連し社員の辞表を一時預かったことについて経緯報告書の提出を求める書面を交付したが(以下『本件業務命令」という。』、原告は、回答を拒否した。」

という業務命令違反でした。

 本件の被告は、本件譴責処分は有効であるとして、

「原告による退職勧誘行為及び会社運営妨害行為は、それ自体服務規律違反行為であるところ、被告は、前記行為を受けた被告の社内秩序の回復及び維持を目的として、原告の行為の詳細な事情を確認するとともに、原告が、公言していたとおり、被告に残って内部から切り崩し工作をするなどのおそれが残っているかどうか調査するため、原告が、今後も被告で働く意思があるかを確認する本件業務命令を発した。本件業務命令は、正当な業務行為であり、内心の自由やプライバシーを害したり、内心に反する事実を認めるよう求めたり、ましてや退職を勧奨するものではなく、原告が本件業務命令に従わなかったことについて正当な理由はない。」

と主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、業務命令の効力を否定し、本件譴責処分は無効だと判示しました。

(裁判所の判断)

「本件業務命令には、以下について報告を求めるものであった・・・。

〔1〕取締役の義務とF本部長の退任に関連する被告の従業員への対応について、取締役としての義務に照らして、報告を求める部分

〔2〕辞表を預かる行為について、被告の就業規則3条(遵守義務)、26条(服務心得)に反する場合には、懲戒処分をする場合がある旨記載した上で、

〔ア〕前回面談で辞表を預けることについては強制していないとのご説明でしたが、F本部長や部下の方々が集まって話題としたり、協議したことの有無について

〔イ〕辞表を預かり保留していた期間(最初に預かった日付、返却した日付)

〔ウ〕辞表の一部はご自身で保留していたとのことでしたが、どなたの分を保留されていたのか、また、どなたの分はF本部長に渡したのか、

〔エ〕前回面談で「辞表を預けてくれたことは有難く、心強く感じた」と発言されましたが、取締役として背信行為に該当するおそれがあり、また、従業員として誠実勤務義務・忠実勤務義務・職場秩序維持義務に反するのではないかとの認識について

〔オ〕その他、付記したい事項について報告を求める部分

〔3〕原告の今後について、被告に残り働きたい気持ちの有無、被告に残る場合どうしたら良いと考えるか、残りたいとの気持ちがない場合の退職時期等について」

 「しかしながら、取締役としての義務に係る前記〔1〕は、労働契約に基づく業務命令の対象となるとはいえない。」

辞表を預かった行為に係る前記〔2〕の部分は、業務として行ったものか、私的行為として行ったものかについて明示がないところ、私的行為として辞表について部下と話題にしたり協議すること、被告の運営に関する意見を表明する手段として私的に辞表を預かることについて、原告が被告に対し労働契約に基づき報告する義務があるとはいえない。そうすると、業務として行ったものか私的行為として行ったものかを明示していない前記〔2〕の部分について、懲戒処分の可能性を示唆しつつ報告を求めることは不当であり、労働契約に基づく業務命令権を濫用したものというべきである。

原告の今後に係る前記〔3〕は、労働契約の契約当事者としての原告が、被告との労働契約を継続する意思を有しているかどうかという問題であって、業務命令をもって明らかにさせることができる事項には当たらない。

「以上によれば、本件業務命令は、業務命令として有効とはいえない。」

「そうすると、原告が本件業務命令に対する回答を拒否したことによって、原告が、『職場規律を乱した者、又は素行不良で事業所内の秩序・風紀を乱した者』(被告就業規則(別紙1)59条4号)やこれに準ずる行為があった者(同条15号)に当たるとはいえず、懲戒事由があるとは認められない。したがって、本件譴責処分について、被告は懲戒権を有しないから、懲戒権の濫用について検討するまでもなく本件譴責処分は無効であり、請求2項には理由がある。」

3.事項や聞き方に限界がある

 刑事訴訟法上、被疑者や被告人には黙秘権が保障されています(刑事訴訟法198条2項、311条参照)。しかし、使用者と労働者との間に、こうした関係はありません。使用者の中には、懲戒権を背景に業務命令権を行使して、労働者側から自分達が必要とする情報を一方的に削ぎ取ってこようとする者もいます。こうした非対称性を利用したやり方には疑問を感じることが少なくありません。

 今回、裁判所が示したのは、

私的行為について業務命令権は及ばない、

辞表について部下と話題にしたり、会社の運営に関する意見表明の手段として辞表を預かったりすることは、私的行為としても行い得る、

業務として行ったものか、私的行為として行ったものなのかを明示せず、懲戒処分の可能性を示唆して報告をっせまることは許容されない、

労働契約の当事者性に由来する内心の表明を命令することは許容されない、

という法理です。

 どこまで一般化できるのかは未知数ですが、裁判所の判断は、業務命令権に基づく情報収集の限界を示したものとして、実務上参考になります。

 




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