1.学生等に対するハラスメント
近時、大学教員の方が、学生等に対するハラスメントを理由に懲戒処分を受ける例が増えているように思います。ハラスメントに対する意識の高まりや、少子化により学生側の立場が強くなったことなどが背景にあるのではないかと推測されます。
当事務所にも、ハラスメントの疑いとかけられて調査の対象になっている/ハラスメントを理由に処分を受けたという相談が相当数寄せられています。こうした相談を受けていて感じることの一つに、具体的な嫌疑が明らかにされないという問題があります。
懲戒処分の効力を争って訴訟を提起すれば、使用者である大学当局の側で懲戒事由を構成する具体的事実を特定し、その事実を立証して行かなければなりません。こうした訴訟の構造を考えると、なぜ、提訴前に具体的な嫌疑を明らかにしないのかは不明というほかありません。しかし、大学当局が具体的な対象行為を明らかにしない事案は相当数に及びます。
この明らかにしないパターンの中には、
① 明らかにしようと思えばできるけれども、明らかにしない類型と、
② そもそも大学当局も具体的行為を把握できておらず明らかにできない類型
があります。
②のような類型が存在すると言うと不思議に思われる方もいるかも知れませんが、大学当局のハラスメント関係の部署(ハラスメント対策委員会等)は、大抵、大学教員の方で構成されています。しかし、大学教員の方の本職は別にあり、事実認定の訓練を受けているわけでもなければ、裁判実務に精通しているわけでもないのが普通です。こうしたことから会議体や事実認定権者が深く考えることなく被害を主張する側に肩入れし、先入観を持ったり、早まった処分をしてしまったりする例は少なくありません。
近時公刊された判例集にも、ハラスメントを基礎付ける具体的な事実関係を認めるに足りないなどとして、准教授から助手への降任降格(懲戒処分)を無効とする裁判例が掲載されていました。名古屋地判令7.7.18労働判例ジャーナル164-12学校法人至学館事件です。
2.学校法人至学館事件
本件で原告になったのは、被告経営の大学(本件大学)において准教授として勤務していた方です。学生に対するハラスメント等を理由に助手への降任・降格を内容とする懲戒処分を受け、その効力を争い、准教授の地位にあることの確認等を求める訴えを提起したのが本件です。
本件も類例に漏れず、提訴前にハラスメント行為の被害者や日時が具体的に特定されることはありませんでした。なぜ、そのようなことが分かるのかというと、被告側が訴訟で、
「被告が本件通知書(懲戒処分通知書のこと 括弧内筆者)やその後の回答において原告のハラスメント行為の被害者や日時を具体的に特定しなかった理由は、原告が被害者等に対し、不当な圧力を行使したり隠ぺい工作を依頼したりする恐れがあったためである。被告は、原告に対し、本件懲戒処分に先立ち、弁明の機会を付与した。」
と主張していたからです。
この事案で、裁判所は、次のとおり述べて、懲戒処分の効力を否定しました。
(裁判所の判断)
「原告担当のゼミ所属の学生は、令和4年11月29日、G学科長へ卒論を提出する際に、G学科長及びK総務課長に対し、原告について、ゼミや講義に遅刻することが常習となっていること、遅刻に触れると原告が逆切れすることがあること、卒論をしっかり見てもらえないこと、ゼミの運営について学生の意見を聞かずに決めることがあること、原告の機嫌を常に気にしなければならないこと、後輩のためにも原告担当のゼミをなくしてほしいことなどを述べた。」
「その後、G学科長らは、令和4年12月には本件学科所属のL助手(以下「以下L助手」という。)に、令和5年1月には原告担当のゼミ所属の別の学生2名に対し、それぞれヒアリングを実施するなどした。・・・」
「被告は、原告に対し、令和5年2月及び同年3月、本件に関し、同月までに実施したヒアリング結果をまとめたものを送付した上で、原告の回答を書面にて送付するように依頼した。」
(中略)
「被告は、原告が、准教授としての立場を利用し、複数の助手に対し、学生の前で罵声を浴びせる、休日に架電して1時間以上説教する、助手や学生に対し、休日又は勤務時間外に急な呼び出しや叱責等をするなどのハラスメント行為に常習的に及んでいたと主張する。」
「この点についても、証拠・・・によると、原告が助手や学生との関係について適切な対応をしていたかについて疑義がないではないものの、原告がいつどのような事情や経緯に基づいてどのような行為をしたのかが明らかでないといわざるを得ず、原告が助手や学生に対しハラスメント行為をしたことを基礎付ける具体的な事実関係を認めるには足らないものといわざるを得ない。」
(中略)
「こうした事情を踏まえると、これまでにみた原告の各行為が本件就業規則第23条〔2〕(2)、(3)及び(17)に該当し、本件懲戒規程第5条(5)、(11)、(12)及び(13)に該当するとしても、また、原告についてN院生の件でハラスメントとして過去に認定されたことがあったことを考慮しても、本件懲戒処分が諭旨退職に次ぐ処分であり、かつ、原告を准教授から助手に2段階も降任させ、月額の本俸を約13万減額させるものであって、原告の労働契約上の地位や賃金に対して重大な影響を与える懲戒処分であることを踏まえると、本件においては、このような重い本件懲戒処分を必要とする客観的に合理的な理由を欠くものといわざるを得ず、社会通念上相当であると認めることはできない。」
3.ヒアリング結果を「まとめたもの」送付されていたようであるが・・・
本件ではヒアリング結果を「まとめたもの」は送付されていたようです。
しかし、人の話を弁明用に要約するというのは熟練が必要な技術で、経験のある法曹関係者でもない限り難しいように思います。「まとめたもの」が送付されながらも、被告が「ハラスメント行為の被害者や日時を具体的に特定しなかった」と主張していることを考えると、まとめるにあたり抽象度が高くなりすぎて、何のことだか分からない体裁になっていたのではないかと推測されます。あるいは、ヒアリングにおける学生の供述自体、曖昧かつ抽象的なものであったのかも知れません。
いずれにせよ、裁判所は「原告がいつどのような事情や経緯に基づいてどのような行為をしたのかが明らかでない」としてハラスメント行為を基礎付ける具体的な事実は認定できないと判示しました。
訴えて具体的な行為が明らかにされることもありますが、本件のように訴えても具体的な行為が明らかにされないというケースもあります。心当たりがないまま懲戒処分を受けてしまった方は、訴えてみると、存外、具体的なものは何も出てこないということもあるように思います。
よく分からない理由で処分されたことに納得が行かない方は、法的措置を視野に入れたうえ、一度、弁護士に相談してみても良いのではないかと思います。もちろん、当事務所にご連絡を頂いても大丈夫です。