1.退職勧奨
退職勧奨については、次のように理解されています。
「勧奨行為を行うことは基本的に自由である」
「しかしながら、社会的相当性を逸脱した態様での半強制的ないし執拗な退職勧奨行為が行われた場合には、労働者は使用者に対し不法行為として損害賠償を請求することができる」(佐々木宗啓ほか『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕540頁参照)。
「基本的に労働者の自由な意思を尊重する態様で行われる必要があり、この点が守られている限り、使用者はこれを自由に行うことができる。・・・これに対し、使用者が労働者に対し執拗に辞職を求めるなど、労働者の自由な意思の形成を妨げ、その名誉感情など人格的利益を侵害する態様で退職勧奨が行われた場合には、労働者は使用者に対し不法行為(民法709条)として損害賠償を請求することができる。」(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第2版、令3〕996頁参照)。
以上の参考文献からも分かるとおり、退職勧奨の適否は、主に、
強制に渡っていないか、
自由な意思が踏みにじられていたり、自由な意思の形成が妨げられていたりしないか、
という観点から検討されています。
この「強制性」とでも言うべき指標は、従来、
執拗に行われていなかったのか、
名誉感情など人格的な利益を侵害するような態様で行われていないか、
という観点から判断されていました。
しかし、近時公刊された判例集に、これとは少し異なる観点から退職勧奨が違法であるとの結論を導いた裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介している、東京地判令5.12.7労働判例1336-62 TCL JAPAN ELECTRONICS事件です。何が異なるのかというと、言い分を聴取するという手続的な観点を違法・適法を判断するうえでの指標の一つとして取り入れているところです。
2.TCL JAPAN ELECTRONICS事件
本件で被告になったのは、中国系企業の日本法人で、アマゾンのECサイト等を通じて電気製品を販売していた株式会社です。
原告になったのは中国籍の女性で、被告の営業本部計画物流部で働いていた方です。上司からパワハラを受け、適応障害を発症して休職になったと主張し、休職期間満了による自然退職の効力を争うとともに、慰謝料の支払等を請求する訴訟を提起したのが本件です。
原告が主張したパワハラは多岐に渡りますが、その中の一つに、退職勧奨行為とそれに引き続く訓戒処分がありました。
これについて、裁判所は、次のとおり述べて、パワーハラスメントに該当すると判示しました。
(裁判所の判断)
「原告には、『上長の指揮命令に従わず、上長に反抗的な態度を示し、反省を拒むこと』と評価し得る行為が認められる(『会社の管理体制系統を無視し、飛越行為を繰り返した』に該当する行為は特に見当たらない。)。」
「しかしながら、これは、Eが原告の直属の上司として被告に入社した平成31年2月1日以降、Eと原告が衝突を繰り返し、両者の関係が悪化したことが背景にあることは明らかである。」
「そして、その一因が、原告のEに対する挑発的な言動にあるとはいえるものの、そのような原告の言動の原因には、前記のようなEの事実誤認に基づく断定的で強硬な対応や業務上の不当な対応等があったと認められる。また、原告のEに対する侮辱的な発言は非難に値するが、そこに至った経緯にもEの不適切な対応があったといえる。」
「しかるに、本件退職勧奨①及び②並びに本件訓戒処分に際し、C代表は、認定事実・・・のとおり、Eと原告とのメールの共有を受けており、両者の言い分に食い違いがあることを認識し又は十分に認識し得る状況にあり、加えて、物品購入に係るID及びパスワードの件で原告を叱責した際、原告からEが一方的に物事を押し付けようとしており、相談できるような体制になっていないとの申告があったものの、本件退職勧奨①の前に、原告とEとの関係について、原告の言い分を聴取し、Eの問題点を踏まえた対応を取っていたとは認められない。また、本件退職勧奨①においても、原告と込み入った話はしたくないと述べたり、原告の反論に対して机を指で叩きながら声を荒げて反論したりしており、原告に対し問題点を具体的に指摘したうえでその言い分を十分に聴取したとは認められず、そのような中で退職の条件を提示し、原告が本件退職勧奨①に応じなかったことを受けて、本件訓戒処分をし、更に本件退職勧奨②に及んでいる。」
「このように本件退職勧奨①及び②並びに本件訓戒処分については、『上長の指揮命令に従わず、上長に反抗的な態度を示し、反省を拒むこと』と評価し得る行為が一応認められるものの、その根拠とした『会社の管理体制系統を無視し、飛越行為を繰り返した』に該当する行為は認められないという点において、根拠が乏しいうえ、これに至る経緯、原告とEとの関係悪化の原因が両者にあったことを考慮すれば、原告の言い分を十分に聴取することなく、事実確認や背景事情の確認等が不十分のまま、退職を勧奨したり、誓約書の提出を求めたり、更なる厳罰を警告するなど一方的に原告に不利益ないし責めを負わせようとするものといわざるを得ず、社会通念上相当なものとはいえない。」
3.退職勧奨にも言い分を十分に聴取する手続が必要
ハラスメントの行為者と被害者との関係は、一方が全面的に悪いというものもあるももないわけではありません。双方に問題がある事案も相当数見られます。
この時、対立したり衝突したりしているのが、立場の強い人と立場の弱い人だと、組織が力の立場の人の方の肩を持つことは少なくありません。これが行き過ぎると、双方に問題があるようなケースでも、理由の有無ではなく、単純に立場の弱い方を一方的に切り捨てることで問題の解決を図りたいとする力学が働くことになります。
しかし、裁判所は、上司と部下とが衝突している局面において、部下である原告の言い分を十分に聴取することなく退職を勧奨するこを否定的に理解しました。これは手続的な観点を退職勧奨の可否を検討する要素として取り入れたものであり、実務上参考になります。