1.国家賠償法上の違法性
国家賠償法1条1項は、
「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」
と規定しています。
条文を見れば分かるとおり、国家賠償請求が認められるためには、公務員の行為が「違法」なものである必要があります。
この違法性は、法令に違反しているという意味とは少し異なります。職務行為基準説という考え方が採用されているからです。
職務行為基準説というのは、
「国・公共団体の作用が結果として違法であったとしても,公務員が職務上の法的(注意)義務を尽くしたときは,本法1条1項の適用上違法とはならない,という考え方」
をいいます(西埜章『国家賠償法コンメンタール』〔勁草書房、第3版、令2〕185-186頁参照)。要するに、国や地方公共団体の作用が法律要件を充足していない違法なものであったとしても、他の事情によっては国家賠償法上の「違法」性は認められないという意味です。国家賠償請求を行っていくためには、公務員の行為が法律要件を充足していないことは当然の前提で、そこから更に公務員が職務上の法的義務を尽くしていなかったことまで立証する必要があります。
この職務行為基準説は、実務上、次のように位置付けられています。
「判例主導で形成されたものである.最初は検察官・裁判官の違法行為の判断基準として説かれたものである・・・が,その後,徐々に行政作用一般に拡大されてきた.判例法理としてほぼ確立されたものといってよい.」(前掲『国家賠償法コンメンタール』186頁)。
文献上、「判例法理としてほぼ確立されたものといってよい」と評価されていることからも分かるとおり、国家賠償請求訴訟を提起すると、多くの裁判所は職務行為基準説に立って、違法性が認められる場面を限定的に捉えようとしてきます。
結果、国家賠償法上の「違法」性が認められる範囲は狭い範囲に限定されることとなり、職務行為基準説は国家賠償請求の大きな障壁となっています。
しかし、職務行為基準説は学説からの批判も強く、
「①職務行為基準説の理論的根拠が説明されておらず,取消訴訟と国賠訴訟の目的の相違を指摘するだけでは不十分であること,②職務行為基準説では違法抑止機能を十分果たせないおそれがあること,③職務行為基準説が明確な説明もなしに一般の行政処分等へ拡大適用されていること,④各判決が示している注意義務の判断基準が不明確であること」
などの問題点が指摘されています(前掲『国家賠償法コンメンタール』195頁参照)。
ここ数日紹介している、高松地判令7.3.26労働判例ジャーナル163-50 香川県・香川県人事委員会事件は、違法性が認められる範囲を広くとった事案としても参考になります。
2.香川県・香川県人事委員会事件
本件で原告になったのは、教諭の職で定年後再任用されていた方です。
原告が勤務していた中学校には集団宿泊合宿という行事がありました(本件合宿)。
原告の方は、
〔1〕時間帯丙等、時間外労働として扱われるべき時間を時間外労働としていないこと、
〔2〕適法に休憩時間が与えられていないこと、
〔3〕本件合宿や1年団会議が実施された週の労働時間が長時間にわたっていること
等が労働基準法(以下『労基法』という。)に違反していると主張して、勤務条件に関する措置を要求しました。
これが棄却ないし却下判定されたことを受け、判定の取消のほか、本件合宿との関係で労働時間規制に違背する違法な業務命令を受けたことや、労働時間管理がされていなかったことなどを理由に慰謝料を請求する訴えを提起したのが本件です。
本日、注目したいのは、裁判所が採用した判断基準です。
被告側は職務行為基準説に基づき、違法性が認められる範囲は限定的に理解すべきだと主張しましたが、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥しました。
(裁判所の判断)
「G中学校長は、別紙3の記載内容に沿って本件合宿が実施されることや、本件合宿に備えて1年団会議が実施されることを認識していた・・・のであるから、本件合宿や1年団会議を実施する場合は、下記・・・のとおり、各種法令、条例等を遵守する職務上の義務があった。かかる義務に違反し、損害が発生した場合は、被告は、国賠法上の責任を負う。」
「なお、原告は、高松市立G中学校に勤務していた者である。同中学校に勤務する教育職員への職務上の指示監督を行うのは校長であるが、最終的に、服務監督権者である高松市(教育委員会)にその責任がある(地教行法43条)。そうすると、本件校長の職務行為について、仮に国賠法上の違法性が認められた場合、本来その責任を負うのは高松市であるが、被告は、市町村立学校職員給与負担法1条に基づいて、香川県公立学校教職員の給与・手当等の費用を負担する者であるから、国賠法3条1項により、高松市とともに損害賠償の責任を負うことになる。」
「この点、被告は、教育職員の職務の特殊性等を踏まえると、被告が国賠法1条1項に基づく損害賠償責任を負うのは、給特法が、時間外勤務を命ずることができる場合を限定して、教員の労働時間が無定量になることを防止しようとした趣旨を没却するような事情が認められる場合に限られる旨主張する。」
「確かに、教育職員の職務は、児童・生徒への教育的見地から、自律的な判断による自主的、自発的な業務への取組みが期待されるという職務の特殊性が認められる。そして、教育職員の業務は、その自主的で自律的な判断に基づくものと校長の指揮命令に基づくものが日常的に渾然一体として行われているため、これを峻別することは通常困難であり、管理者たる校長において、その指揮命令に基づく業務に当該教育職員が従事している時間を特定して、厳密に管理することは不可能である。このような労働時間の管理上の問題がある場合には、教育職員の勤務実態が労基法等に違反していることをもって、常に国賠法上の違法性が認められると考えることはできない(本件東京高裁判決参照)。」
※ 本件東京高裁判決=東京高等裁判所令和4年8月25日判決
「しかし、教育職員の業務の中には、校外学習や修学旅行等の引率業務も含まれるところ、これらの業務は、校長等が、事前にカリキュラム等を検討した上で、各時間帯における教育職員の業務内容や生徒指導の態様につき、詳細な指揮命令を発出した上で実施されることが少なくない。このような業務であれば、教育職員による自律的な判断を要する場面は少なく、教育職員は、専ら校長の指揮命令に従って業務に従事するものといえる。加えて、校長においても、教育職員がその指揮命令に基づく業務に従事している時間を特定して管理することは容易であるから、このような場合には、被告が主張する上記の理は妥当せず、服務監督者及び費用負担者の国賠法上の責任を限定的に捉えることはできない。」
「本件合宿は、校外学習として実施されているところ、G中学校長は、別紙3のとおり本件合宿を実施することとし、教育職員らに対し、別紙3の『教員の動き』列記載の業務に従事すべき旨指揮命令していたといえるから・・・本件合宿実施期間中の教育職員らが業務に従事する時間を特定して管理することは容易であった。1年団会議についても、校長がその実施を命じている以上は、会議が行われる時間を把握し、管理することも可能であった・・・。」
「したがって、被告の主張は採用できない。」
3.職務上の義務が法違反に近い意味でもちられているのではないか
上述のとおり、裁判所は国家賠償法上の違法性が認められる範囲を極限にまで小さくしようとする被告側の主張を排斥しました。
これは労働時間管理義務との関係が特に顕著で、裁判所は、次のとおり述べています。
「労働安全衛生法66条の8は、事業者に対し、業務上の過重負荷による過労死を防止するため、1月当たりの時間外労働が80時間を超える労働者につき、医師による面接指導を行うことを義務付けており、同面接指導の実施のために、労働者の労働時間を適正に把握する義務を課している(同法66条の8の2第1項、労働安全衛生規則52条の2第1項)。かかる義務は、教育職員を指揮監督する各校長にも課されているといえるから、G中学校長は、教育職員の労働時間を適正に把握する職務上の義務があった。」
「本件において、時間帯乙の終了時刻は記録されていなかった・・・から、G中学校長が、前記の職務上の義務に違反したことが認められる。」
要するに、法が労働時間管理義務を課しているにもかかわらず、労働時間が適正に管理されていないのであれば、管理者としての職務義務違反を問うて行くという意味です。この考え方は、職務行為基準説が本来想定しているよりも、国家賠償法上の「違法性」が認められる場合を随分広く取ったように思われます。
公立学校の教師は、基本的に時間外勤務手当が支払われないため、国家賠償請求による抑止が特に強く要請されている業種だと言っても差支えありません。
裁判所の判断は、公立学校の教師が残業代を請求する場面等で参考になります。