1.公立学校の教師に残業代が支給されない問題
公立学校の教師には残業代が支給されません。
これは「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」(通称:給特法)と呼ばれる法律に根拠があります。
給特法3条は、1項で、
「教育職員(校長、副校長及び教頭を除く。以下この条において同じ。)には、その者の給料月額の百分の四に相当する額を基準として、条例で定めるところにより、教職調整額を支給しなければならない」と、
2項で、
「教育職員については、時間外勤務手当及び休日勤務手当は、支給しない」
と規定しています。
要するに、月額給与の4%を基準とする「教職調整額」が支給される代わりに、残業代(時間外勤務手当及び休日勤務手当)が支給されないという仕組みです。
残業に対して割増賃金の支払が義務付けられているのは、長時間労働を抑制する趣旨も込められています。公立学校の教師には割増賃金(残業代)を支払う必要がないため、長時間労働の抑制原理が働きません。
一応、これに対応する規制として、
平成15年政令第484号 公立の義務教育諸学校等の教育職員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合等の基準を定める政令
というルールがあります。
これは教師に対して時間外勤務を命じることができる場面を限定する仕組みです。
しかし、これがあまり実効性を有しておらず、公立学校の教師の労働環境が過重なものになりがちであることは、今では報道等を通じて一般の方にも広く知られているのではないかと思います。
残業代が支給されないのであればと、過去には、国家賠償請求訴訟が提起されたことがあります
さいたま地判令3.10.1労働経済判例速報2468-3 埼玉県事件は、
「このような事情に鑑みると、当該教員の所定勤務時間における勤務状況、時間外勤務等を行うに至った事情、時間外勤務で従事した業務の内容、その他、勤務の全般的な状況等の諸事情を総合して考慮し、校長の職務命令に基づく業務を行った時間(自主的な業務の体裁を取りながら、校長の職務命令と同視できるほど当該教員の自由意思を強く拘束するような形態での時間外勤務等がなされた場合には、実質的に職務命令に基づくものと評価すべきである。)が日常的に長時間にわたり、時間外勤務をしなければ事務処理ができない状況が常態化しているなど、給特法が、時間外勤務を命ずることができる場合を限定して、教員の労働時間が無定量になることを防止しようとした前記趣旨を没却するような事情が認められる場合には、その勤務の外形的、客観的な状況から、当該校長において、当該教員の労働時間について、労基法32条に違反していることの認識があり、あるいは認識可能性があるものとして、その違反状態を解消するために、業務量の調整や業務の割振り、勤務時間等の調整などの措置を執るべき注意義務があるといえる。そうすると、これらの措置を執ることなく、法定労働時間を超えて当該教員を労働させ続けた場合には、前記注意義務に違反したものとして、その服務監督者及び費用負担者は、国賠法1条1項に基づく損害賠償責任を負うというべきである。」
と判示し、国家賠償請求の余地を認めましたが、注意義務違反を否定し、原告教師の請求を棄却しました。
長時間の残業を強いられている公立学校の教育職員(教員)は国家賠償請求ができないか? - 弁護士 師子角允彬のブログ
しかし、近時公刊された判例集に、公立学校の教師に対し条例で定められた限度を超過した長時間労働を命じることが国家賠償法上違法だと判示された裁判例が掲載されていました。高松地判令7.3.26労働判例ジャーナル163-50 香川県・香川県人事委員会事件です。
2.香川県・香川県人事委員会事件
本件で原告になったのは、教諭の職で定年後再任用されていた方です。
原告が勤務していた中学校には集団宿泊合宿という行事がありました(本件合宿)。
原告の方は、
〔1〕時間帯丙等、時間外労働として扱われるべき時間を時間外労働としていないこと、
〔2〕適法に休憩時間が与えられていないこと、
〔3〕本件合宿や1年団会議が実施された週の労働時間が長時間にわたっていること
等が労働基準法(以下『労基法』という。)に違反していると主張して、勤務条件に関する措置を要求しました。
これが棄却ないし却下判定されたことを受け、判定の取消のほか、本件合宿との関係で労働時間規制に違背する違法な業務命令を受けたことを理由に慰謝料を請求する訴えを提起したのが本件です。
この事件の裁判所は、次のとおり述べて、原告による慰謝料請求を認めました。
(裁判所の判断)
・職務上の義務
「地公法58条及び給特法5条は、労基法32条、32条の2の適用を除外していないため、これらの規定は教育職員に対しても適用されるところ、地公法58条4項による読替え後の労基法32条の2は、条例で定めがある場合には、労基法32条が定める労働時間を超えて労働させることができる旨規定している。そして、給特条例7条及び特例規則2条は、任命権者たる香川県教育委員会(地教行法37条1項)が、週当たり平均勤務時間が38時間45分を超えない範囲内で、特定の日において7時間45分又は特定の週において、38時間45分を超えて勤務させるよう正規の勤務時間を割り振ることができる旨規定している。したがって、高松市教育委員会教育長から権限の委任を受けた各学校校長は(高松市立学校職員の服務の監督に関する権限を委任する規則第5号・・・)、正規の勤務時間を割り振る場合は、週当たり平均勤務時間が38時間45分を超えない範囲で割り振らなければならない職務上の義務を負う。」
・本件における検討
「G中学校長は、本件合宿等に関して、割り振るべき正規の勤務時間(時間帯甲)が合計16時間50分である旨教育職員に通知した・・・。原告は、これを受けて、その後の勤務日の正規の勤務時間を充当する旨の申請を行い、校長からの承認を得ていたものの・・・、これを含めても、令和元年9月29日から同年11月23日までの期間における週当たり平均勤務時間は、いずれも38時間45分を超過していた・・・。」
「正規の勤務時間は、年次有給休暇取得日、祝日及び振替休日を控除せずに算定されるべきものであるから(給特条例6条1項、学校勤務時間条例3条ないし6条)、原告が実際に職務に従事した時間(年次有給休暇取得日、祝日及び振替休日により実際に勤務しなかった勤務時間を控除した勤務時間)が38時間45分以内であったこと・・・を踏まえても、G中学校長の正規の勤務時間の割振りは、給特条例7条及び特例規則2条に違反したというほかなく、職務上の義務を怠ったといえる。」
「この点につき、被告は、令和元年当時のG中学校においては、正規の勤務時間の割振りは、教育職員に自主的に行わせていたため・・・、校長が、正規の勤務時間の割振りにつき給特条例7条及び特例規則2条の要件を充足しているか否か認識することは困難であるから、国賠法上違法性はない旨主張する。しかし、G中学校長は、本件合宿や1年団会議の実施によって、割り振るべき正規の勤務時間が大幅に加算されること・・・を認識していたのであるから、事前に割振りの計画を立てたり、教育職員に対し指導するなどして、適法に正規の勤務時間が割り振られるよう注意を払うこともできた。しかし、G中学校長は、割り振るべき正規の勤務時間を通知したのみで、その余は教育職員の自主的な割振りに一任し、これらの措置を講じていない。前記・・・の職務上の義務を果たしたとはいえず、過失があったというほかない。被告の主張は採用できない。」
・保護された利益の侵害
「労基法32条、32条の2、給特条例7条及び特例規則2条の趣旨は、教育職員が、長時間労働によって過重な肉体的・精神的苦痛を被ることを防止する点にある。この点、給特法3条2項は、時間外勤務手当及び休日勤務手当を支給しないこととしているほか、地公法58条3項は、時間外勤務に対する割増賃金の支払義務を課した労基法37条の適用を除外しているから、教育職員に時間外勤務を命じたとしても、使用者に経済的不利益は生じないところ、給特条例7条及び特例規則2条は、経済的不利益を課すことによる時間外勤務の抑止ができない故に、教育職員に対し、無定量の時間外労働が課され、過重な肉体的・精神的苦痛が生じることを防止するために、週当たり勤務時間の上限を定めたものと考えられる。そうであれば、給特条例7条及び特例規則2条の規定の限度を超過して長時間労働を命じられない権利は、教育職員にとって法律上保護された重要な利益というほかない。」
「前記・・・の違法な正規の勤務時間の割振りにより、原告のかかる権利が侵害され、肉体的・精神的苦痛を被ったことが認められる。」
・損害額
「原告の被った肉体的・精神的苦痛を慰謝するに足りる金額についてみるに、前記・・・のとおり、令和元年9月29日から同年11月23日までの期間における週当たり平均勤務時間は、いずれの期間も、特例規則2条の規定を超過しているから、その違反の程度は軽微とはいえない。もっとも、週当たり平均勤務時間が最も長時間となった令和元年10月6日から同年11月2日までの期間をみても、特例規則2条の規定を超過した勤務時間は約5時間に留まること、本件合宿や1年団会議は、学校行事として臨時的に実施されるものであること等の諸事情を踏まえると、原告が被った肉体的・精神的苦痛を慰謝するために必要な金額は3万円とするのが相当である。」
3.違法性をかなり厳格に理解している
埼玉県事件とは異なり、本裁判例は
「高松市教育委員会教育長から権限の委任を受けた各学校校長は(高松市立学校職員の服務の監督に関する権限を委任する規則第5号・・・)、正規の勤務時間を割り振る場合は、週当たり平均勤務時間が38時間45分を超えない範囲で割り振らなければならない職務上の義務を負う。」
「給特条例7条及び特例規則2条の規定の限度を超過して長時間労働を命じられない権利は、教育職員にとって法律上保護された重要な利益というほかない。」
と違法性について厳格かつ形式的な判断を行いました。
慰謝料は3万円と低額にとどまっていますが、国家賠償請求が認められたのは、極めて画期的なことです。本裁判例は、公立学校教師の過重労働を法的に問題にしてゆくにあたり、実務上活用して行くことが考えられます。