1.措置の要求(行政措置要求)
地方公務員法46条は、次のとおり規定しています。
「職員は、給与、勤務時間その他の勤務条件に関し、人事委員会又は公平委員会に対して、地方公共団体の当局により適当な措置が執られるべきことを要求することができる。」
これは措置要求(行政措置要求)という仕組みです。
措置要求は、次のような制度であると理解されています。
「勤務条件に関する措置要求制度は職員の勤労基本権制限の代償措置であるが、より厳密にいうならば、勤務条件の法定制度がストライキ権制限の代償であり、措置要求制度は団体協約の締結権が認められないことの代償であるということができよう。」(橋本勇『新版 地方公務員法』〔学陽書房、第4次改訂版、平29〕844頁参照)。
措置要求に対して棄却判定や却下判定が下された場合、職員はその取消を求めて裁判所に出訴することができます。
この取消の訴えとの関係で、近時公刊された判例集に注目すべき裁判例が掲載されていました。高松地判令7.3.26労働判例ジャーナル163-50 香川県・香川県人事委員会事件です。何に目を引かれたのかというと、退職した公務員の訴えの利益を否定した点です。
2.香川県・香川県人事委員会事件
本件で原告になったのは、教諭の職で定年後再任用されていた方です。
原告が勤務していた中学校には集団宿泊合宿という行事がありました(本件合宿)。
原告の方は、
〔1〕時間帯丙等、時間外労働として扱われるべき時間を時間外労働としていないこと、
〔2〕適法に休憩時間が与えられていないこと、
〔3〕本件合宿や1年団会議が実施された週の労働時間が長時間にわたっていること
等が労働基準法(以下『労基法』という。)に違反していると主張して、勤務条件に関する措置を要求しました。
これが棄却ないし却下判定されたことを受け、判定の取消のほか、本件合宿との関係で労働時間規制に違背する違法な業務命令を受けたことを理由に慰謝料を請求する訴えを提起したのが本件です。原告の方は措置要求をした当時は公務員でしたが、口頭弁論終結時には公務員ではなくなっていました。
本日、注目したいのは、判定取消請求に対する裁判所の判示です。
裁判所は、次のとおり述べて、訴えの利益を否定し、原告の請求を不適法却下しました。
(裁判所の判断)
「地公法46条1項に基づく措置要求の制度は、地方公務員の勤務条件について、職員がその維持、改善を目的として措置要求をすることによって、当該職員に関係のある勤務条件の適正を確保しようとするものであり、職員に実体法上具体的な措置の請求権を認める趣旨のものではないものの、職員がした措置要求について人事委員会により適法な手続によって判定を受けるという手続上の利益を職員の権利ないし法的利益として保障する趣旨のものと考えられ、これを前提として、人事委員会の判定は、抗告訴訟の対象となる行政処分性を有するものと考えられる。かかる制度趣旨に鑑みると、措置要求ができるのは職員に限られ、措置要求をした職員が退職した場合には、措置要求に対して人事委員会が判定をする実益は失われると考えられる。」
「そうであれば、職員がした措置要求に対する人事委員会の判定について、取消訴訟が提起された場合において、当該職員が退職したときも、当該判定を取り消す実益は失われていると考えられ、当該取消訴訟は、訴えの利益を欠くこととなる。」
「原告は、令和6年3月31日に再任用期間を満了し、その後任期は更新されておらず、口頭弁論終結時に、高松市職員の地位を失っている・・・。」
「したがって、請求1項は、訴えの利益を欠くものというほかない。」
3.訴えの利益を否定して良いのか?
民間の場合、退職した労働者に対する解雇を問題とする団体交渉を拒否することは、当然に認められるわけではありません。例えば、最三小判昭61.7.15労働判例484-21日本鋼管鶴見造船所事件は、
「使用者側と労働者側との労働条件の意見の不一致について協議・決定するため団体交渉がなされるが、解雇に関する問題は労働者にとって最終的で最も重大な事項であるので、その解決方法として団体交渉ばかりでなく、苦情処理、労働委員会への提訴、裁判所への訴訟の提起等が考えられ、それが、それぞれ目的・機能を異にするものであるから、労働者がそのあらゆる手段を利用しようとするのは必然であって、その一を選択することによって他を選択し得なくなるものではない。たしかに訴訟は公正を期し得るものであり、最終的なものであるが、それは、当事者間の現在の権利関係ないし法律状態を確定することを目的とし、機能するものであるのに反し、団体交渉は労働条件等の争いを団体の団結権・争議権等の力を背景に、交渉技術を尽し、政策的な考慮も加えて将来にわたる権利関係ないし法律状態を形成しようとの目的及び機能を有するものであるから、これによって紛争の解決をはかることは労働関係にとって望ましいことであって、前者を選択したほかに、後者による解決方法をも採る意味は十分に存在するのである。」
「本件について見るに、控訴人主張のとおり早川寛についてすでに高等裁判所の判断が示され、また、小野隆について地方裁判所の和解が試みられる等長期にわたり訴訟的解決に種々の手段が尽されているが、これによって団体交渉が無意味となるものではない。」
などと述べて団体交渉拒否に対して救済命令を発することを是認した原審判断を維持しています。
労働基本権制約の代償措置であるならば、在職中の問題について、退職したからといって機械的に措置要求の利益が失われてしまうとする判断には疑義があります。
先例の蓄積があまりない領域であり、他の裁判体がどのように判断するか、引き続き裁判例の動向が注目されます。