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月例給与と紐づいた査定が権利濫用により無効とされた例

1.人事考課(査定)

 一般論として、人事考課(査定)には使用者側の裁量が広く認められています。水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第3版、令5〕519頁にも、

「日本企業においては,人事考課(査定)に基づいて,従業員の昇進・昇格・昇級が決定され,また,労使交渉等によって平均額(全体額)が決定されたベースアップや一時金(賞与)の各個人への配分額も,人事考課を考慮して決定されることが多い。この使用者による人事考課(査定)に対し,疑問や不満をもった労働者が何らかの法的請求をすることは可能か。裁判例においては,人事考課について使用者に広い裁量権を認めるものが多い。

との指摘があります。

 このように使用者による査定を争うことは必ずしも容易ではないのですが、近時公刊された判例集に月例給与と紐づいた査定が権利濫用により無効とされた裁判例が掲載されていました。東京地判令7.2.17労働経済判例速報2391-13 Xグループ事件です。

2.Xグループ事件

 本件で被告になったのは、

各種マーケティング・小売業務の遂行及びコンサルティング等を目的とする株式会社(被告Xグループ)、

預金又は定期預金の受入れ、資金の貸付け及び為替取引等を目的とする株式会社(被告X銀行)

です。

 原告になったのは、被告Xグループと期間の定めのない雇用契約を締結し、被告X銀行に出向し、データインテリジェンス部のデータアナリストとして勤務していた方です。月例給与の引下げや賞与額の決定が権利濫用による無効であると主張し、従前通りの査定であれば支払われたはずの金額との差額賃金等を請求したのが本件です。

 本件で注目したいのは、月例給与の査定についてです。

 月例給与の改定率は対象者の格付けとコンピテンシー評価の結果によって決まるとされていました。このコンピテンシー評価について、裁判所は、次のとおり述べて、権利濫用性を認めました。

(裁判所の判断)

・令和3年12月査定

「本件で問題となっている原告の令和3年12月査定におけるコンピテンシー評価は、C評価として月例給与を降給するものであるところ、コンピテンシー評価の相対評価分布ガイドライン・・・によると、考課対象者の95%に対して昇給となるプラス評価を行うものとされており、実際に令和3年12月査定においてマイナス評価(C評価及びD評価)とされたのは2%に満たない人数であったことからすると、令和3年12月査定の時点における被告楽天グループの人事評価制度において、月例給与は昇給させることを基本としており、降給となるコンピテンシー評価は例外的な場合にされるものであったとみることができる。そうすると、上記・・・のとおり、原告に対する人事考課について被告らに広範な裁量があるとしても、コンピテンシー評価をマイナス評価(C評価及びD評価)と判断する場合には、評価の根拠となる事実の有無や、事実に対する評価について、より慎重な検討、判断が求められるというべきである。

「以上を前提に検討するに、原告が、データアナリストとして入社してから担当してきた業務は、上記認定事実・・・で列挙した案件などであるところ、これらの業務を行うに当たって、原告のコンピテンシーに不足があったことを示す個別的事情はうかがわれない(P4本部長は、住宅ローンに関連する案件が実行に至らず、その理由は、原告の分析結果が依頼部署において不満を持つようなものであったからであると証言するが、具体的にどのような不満があったのかを明らかにできておらず・・・、原告のコンピテンシーに不足があったことを示す事情と認めることはできない。)。むしろ、令和3年12月査定以前の人事考課において、原告に対するコンピテンシー評価がいずれもB評価(プラス評価。ただし、プラス評価の中では最下位の評価である。)とされてきたことや・・・、令和3年12月査定において、1次評価及び2次評価を行ったP4本部長が、コンピテンシー評価をB評価とし・・・、そのフィードバック面談において、最終評価がC評価に引き下げられた理由を具体的に説明できなかったこと・・・からは、原告のコンピテンシーに特段の問題がなかったことを推認することができる。」

「また、P3社長が3次評価においてコンピテンシー評価をC評価に修正した点につき・・・、被告楽天銀行内あるいは原告の所属する部署内での調整といった相対評価がされたとしても、原告について例外的なマイナス評価とせざるを得なかった具体的理由は主張、立証されておらず、比較表・・・によれば、予算の点では、原告の評価をB評価(0.3%の昇給)としても問題がなかったことがうかがわれる。」

「そうすると、原告に対する令和3年12月査定において、コンピテンシー評価が最終的にC評価とされた点については、評価の根拠となる事実の基礎がそもそも欠けていたといわざるを得ない。」

「以上に対し、被告らは、原告の格付が被告楽天銀行全体において約11%しかいないAAという高位の職階であったにもかかわらず、原告は、入社当初から格付に相応しい行動ができていなかったが、コンピテンシー評価は、入社から2、3年は平均的な評価にとどめる運用をしていたことから、原告のコンピテンシー評価についても令和3年6月査定まではB評価とされてきたと主張し、P4本部長は、上記主張に沿って、AAの格付であった原告のコンピテンシーについては、コンピテンシー項目のうち、〔2〕革新、〔7〕戦略策定、〔8〕協働及び〔9〕仕組化が低評価であり、その他の項目は平均であったものの、全体としては平均を下回る評価であったが、猶予期間であったため1次評価及び2次評価はB評価(プラス評価)にしたと証言する・・・。」

「しかしながら、人事考課において1次評価者が作成するとされているコンピテンシーの11項目ごとの5段階評価(1~5の絶対評価)の記録が、原告に対するものは残されていないことや・・・、P4本部長が、令和3年12月査定直後のフィードバック面談において、原告のコンピテンシー評価がC評価とされた理由について、コンピテンシー項目に沿った具体的な説明をしていないこと・・・を踏まえると、コンピテンシーのうち特に〔2〕、〔7〕ないし〔9〕の項目を取上げて、これらがAAの格付という点で低評価であったと述べるP4証言は、にわかに採用し難いものといわざるを得ない。」

「また、原告に対するコンピテンシー評価について、入社から3年(令和3年6月査定まで)は平均的な評価にとどめていたという点も、仮に、被告らにおいて一般的にそのような運用をすることがあったとしても、令和3年12月査定及び令和4年6月査定の2回のフィードバック面談・・・において、原告に対してそのような運用が適用されていたことを示唆する説明がされていないことや、令和3年12月査定より以前の査定に係るフィードバック面談において、格付に見合うコンピテンシーに不足があることの指摘がされた形跡がうかがわれないこと(P4本部長は、アドバイスをしてきたと証言するが・・・、令和3年12月査定及び令和4年6月査定のフィードバック面談におけるP4本部長の発言に照らすと、にわかに信用し難い。)を踏まえると、入社から2、3年は平均的な評価にとどめるという運用を原告に適用していたと認めることができない。」

「なお、被告らは、原告はそもそもAAという高位の職階の役割(『管掌組織のミッション構築・戦略立案を担う』、『管掌組織の戦略・目標達成に向けて、組織を牽引する』)に相応しい行動ができていなかったと指摘するが、原告の業務内容が、基本的に、他部署からの依頼を受けて各種施策に関するデータ分析を行うという受動的なものであった上に、原告には部下もいなかったことからすると・・・、採用時に特段の協議等もなくAAの格付を付与された原告について・・・、コンピテンシーの不足を示す個別的事情もうかがわれない中で、上記の抽象的な役割を強調してコンピテンシーを低評価とすることは、不合理といわざるを得ない。」

「被告らは、原告が入社当初からAAの格付に相応しい行動ができておらず、成果も出すことができていなかったことから、パフォーマンス評価は、最初の査定以外、格付不十分を意味する3.5以下の評価が続き、この点が、パフォーマンス評価に連動するコンピテンシー評価の低評価を基礎付けると主張する。」

「しかしながら、コンピテンシー評価とパフォーマンス評価に一定の相関性があるとはいえ・・・、基本的には、能力の発揮というコンピテンシーと到達すべき目標の達成というパフォーマンスは、異なる視点から評価されるべきものであり、原告の業務遂行においてコンピテンシーに不足があったことを示す個別的事情がうかがわれない以上は、パフォーマンス評価が格付不十分とされ続けてきたことをもって、原告のコンピテンシーの不足を認めることはできない。」

「被告らは、人事考課において、2次評価以降は、データインテリジェンス本部全体、あるいは、被告楽天銀行全体の調整もすることになるから、P3社長による3次評価が、P4本部長の評価と異なる結果になることも特別なことではないし、P3社長は、定例会議等を通じて原告と直接に接したり、役職者を通じて原告の評判等について報告を受けたりして、原告の働きぶりを把握できていたと主張する。」

「しかしながら、仮に、P3社長が原告の勤務状況を把握できていたとしても、原告の業務遂行について、コンピテンシーに不足があったことを示す個別的事情がうかがわれず、また、楽天銀行全体での調整があり得るとしても、原告について例外的なマイナス評価となるC評価とせざるを得なかった具体的理由の主張、立証がないことは、上記イで述べたとおりである。」

「以上によれば、被告楽天銀行が、原告に対する令和3年12月査定において、コンピテンシー評価をC評価とした点は、評価の根拠とされた事実の基礎を欠いており、人事考課が被告らの広範な裁量的判断に委ねられているという点を考慮しても、被告楽天銀行の評価には裁量権の逸脱、濫用があると認められ、したがって、被告楽天グループの最終評価についても、裁量権の逸脱、濫用があり、同評価とそれに基づく月例給与の降給は、権利濫用により無効であるというべきである。」

・令和4年6月査定

「原告に対する人事考課は被告らの広範な裁量的判断に委ねられるものであるが、上記・・・で述べたのと同様の理由により、令和4年6月査定の時点においても、被告楽天グループの人事評価制度に基づいてコンピテンシー評価を例外的なマイナス評価(C評価及びD評価)と判断するに当たっては、評価の根拠となる事実の有無や、事実に対する評価について、より慎重な検討、判断が求められていたというべきである。」

「以上を前提に検討するに、令和4年6月査定の評価期間における原告の業務遂行に関し、原告のコンピテンシーに不足があったことを示す個別的事情がうかがわれないことは、令和3年12月査定の評価期間と同様である。むしろ、令和4年6月査定のフィードバック面談において、P4本部長が、同査定では自らもコンピテンシー評価をC評価(マイナス評価)としながら、『私はマイナスにはつけてないんですけど。』などと事実に反する内容を述べ、その点について証人尋問において首肯し得る説明をすることができていないこと・・・からすると、令和3年12月査定以前の人事考課においてコンピテンシー評価がいずれもB評価とされてきた原告について・・・、令和4年6月査定の評価期間においても特段の問題がなかった中で、P4本部長が、1次評価及び2次評価として、合理的な根拠もなくコンピテンシー評価をC評価(マイナス)とし、P3社長の3次評価においても、独自の情報や視点を加味することなく同評価を維持したことが推認されるところである。」

「そうすると、原告に対する令和4年6月査定において、コンピテンシー評価がC評価とされた点についても、評価の根拠となる事実の基礎がそもそも欠けていたといわざるを得ない。」

「そして、以上に対する被告らの主張は、令和3年12月査定に関する主張と同様であり、それらが採用できないことは、上記・・・で述べたとおりである(補足すると、P4本部長は、令和4年6月査定直後のフィードバック面談においても、原告のコンピテンシー評価がC評価とされた理由について、コンピテンシー項目に沿った具体的な説明をしていないから・・・、令和4年6月査定の評価期間においても原告がAAの格付に見合うコンピテンシーを発揮できなかった旨を述べるP4証言がにわかに採用し難いものであることは変わらない。)。」

「以上によれば、被告楽天銀行が、原告に対する令和4年6月査定において、コンピテンシー評価をC評価とした点も、評価の根拠とされた事実の基礎を欠いており、人事考課が被告らの広範な裁量的判断に委ねられているという点を考慮しても、被告楽天銀行の評価には裁量権の逸脱、濫用があると認められ、したがって、被告楽天グループの最終評価についても、裁量権の逸脱、濫用があり、同評価とそれに基づく月例給与の降給は、権利濫用により無効であるというべきである。」

3.幾ら裁量が広かろうが、説明できなければ違法になり得る

 広範な裁量を認める裁判例が多いからか、労働者側の相談を受けていると、査定に関しては、かなりラフに行っている会社が少なくないように感じられます。

 しかし、幾ら裁量が広かろうが、説明らしい説明を加えることができなければ、当然、違法になり得ます。賃金減と結びついているものの、賃金減が原則として予定されていない労働契約においては猶更です。

 本裁判例は査定を違法とした珍しい事例として、実務上参考になります。

 




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