1.有給休暇の取得
年次有給休暇を取得するにあたっては、次のとおり理解されています。
「労働者が年休の『具体的時期』(その始期と終期)を特定して時季指定を行った場合,使用者が適法に時季変更権を行使しない限り,その時期に年次有給休暇が成立し,当該労働日の就労義務が消滅するという効果が発生する。このように,年休の具体的時期を特定する時季指定権は,形成権と解される。この年休の時季指定は,年休予定日(時間単位の年休の場合には予定時間)の前までに(遅くとも予定日〔予定時間〕の労働義務が発生する前までに)行われる必要がある。」(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第3版、令5〕787-788頁参照)。
つまり、一定の期間、有給休暇を取得するためには、
① 始期と終期を特定して時季指定を行うこと、
② 年休予定日の前までに時季指定を行うこと、
が必要だと理解されています。
しかし、実務上、欠勤を事後的に有給休暇として取り扱うことは比較的広く行われています。労使間の合意でこうした取扱いをとることが否定されていないこともあり、労働者の側で、日付を遡らせた有給休暇の取得届を提出することがあります。これは遡って有給休暇を取得した扱いにしてもらえないかという申込みを兼ねるてのことです。
上述の基本的な理解に照らすと、使用者の側が日付の遡及を承諾しない場合、遡及的に有給休暇を取得していたことにするのは難しいように思われます。
それでは、提出日から有給休暇を取得するものと取り扱うことはできないのでしょうか?
この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令7.2.21労働判例ジャーナル162-46 エイテックテクトロン事件です。
2.エイテックテクトロン事件
本件で被告になったのは、自動ハンダ付け装置の製造に関する技術指導及びコンサルタント業務を目的とする有限会社です。
原告になったのは、被告との間で労働契約を交わしていた方です。
記録上、平成12年6月20日付で被告を退職し、被告の設立者であるCを唯一の取締役とする有限会社(本件会社)に入社した形になっていたところ、本件会社から無断欠勤を理由とする解雇の意思表示をされたことを受け、退職していないことを理由に被告を相手取って地位確認等を請求する訴えを提起したのが本件です。
本件では退職の効力のほか、原告が提出した有給休暇の届出の効力が問題になりました。具体的に言うと、原告は、
令和5年8月30日に、
令和5年8月1日を始期とし、令和5年9月30日を終期とする
有給休暇届を提出しました。
原告は、これによって、
令和5年8月1日から令和5年9月30日までの間、有給休暇を取得した、
仮に、提出日から起算するとしても、令和5年8月30日から令和5年9月30日まで有給休暇を取得した、
と主張し、同期間分の賃金を請求しました。
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を否定しました。
(裁判所の判断)
「使用者は、有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならないが(労働基準法39条5項)、労働者はその有する休暇日数の範囲内で具体的な休暇の始期と終期を特定して時季指定をすべきである。」
「しかし、本件休暇届は、令和5年8月1日を始期、同年9月30日を終期として特定しながら、その始期の後である同年8月30日に提出されたものであるから・・・、有効な時季指定と認めることはできない。」
「原告は、本件休暇届を提出した令和5年8月30日を始期とする申請は有効であると主張するが、本件休暇届には同月1日を始期、同年9月30日を終期とする旨の記載があるのみであり、この申請が認められない場合に提出日を始期とする旨の記載はない。そして、原告代理人が被告に送付した通知書も、本件休暇届が有効と主張するのみで、本件休暇届の提出日には言及しておらず・・・、被告からの再提出の求めに対しても休暇届を提出せず、メールによる提出日を始期とする旨の回答もしていない。」
「以上によれば、原告が本件休暇届をもって、令和5年8月30日を始期とする時季指定をしたものと認めることはできず、原告の主張は採用することができない。」
「以上によれば、原告が令和5年8月1日から同年9月30日の間に有給休暇を取得したとは認められない。」
3.日付を遡らせるにあたっては、予備的に提出日を始期としておいた方がよい
以上のとおり、裁判所は有給休暇の取得を遡及させることも、提出日を始期とすることも否定しました。
ただ、判決の書きぶりからすると、予備的に提出日を始期とすることを記載していれば、また違った結論になってきたのかも知れません。
そう考えると、日付を遡及した有給休暇の取得を求める場合には、予備的に提出日を始期とすることを記載しておいた方が良さそうです。