1.精神疾患(精神障害)と自動車の運転
精神疾患(精神障害)に罹患している場合、運転免許証の交付を拒否されることがあります。
運転免許の拒否等を受けることとなる一定の病気等について|警察庁Webサイト
しかし、精神疾患を持っている人の全てが自動車を安全に運転できないかというと、そのようなことはありません。精神疾患の中には、自動車の運転の適否とは関係のないものもあります。また、躁うつ病のように「自動車等の安全な運転に支障を及ぼすおそれがある病気」と理解されている疾患であったとしても、人によっては、自動車等の安全な運転に必要な認知等に係る能力を欠くこととなるおそれがある症状を呈しないことがあります。
精神疾患を持っているからといて、一律に自動車の運転を制限することには合理性がなく、「患者の自動車運転に関する精神科医のためのガイドライン」などの資料や医師の診断を活用することで、精神疾患を持っている方の権利擁護が図られています。
「患者の自動車運転に関する精神科医のためのガイドライン」の公開|公益社団法人 日本精神神経学会
このような状況を踏まえると、精神疾患を持っている従業員に対する自動車運転禁止命令も、そのような命令を発するだけの根拠があったのかが問われることになります。
近時公刊された判例集にも、禁止理由の説明が不十分であったことから、精神疾患を有する従業員に対して行われた自動車運転禁止命令違反を理由とする解雇を不合理、不相当と判示した裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令7.2.27労働判例ジャーナル162-44ハーネス・ライフ事件です。
2.ハーネス・ライフ事件
本件で被告になったのは、
損害保険代理業等を営む株式会社(被告会社)
被告会社の代表取締役B(被告B)
の二名です。
原告になったのは、被告会社と労働契約を締結し、営業に従事していた方です。被告会社から令和5年6月18日付けで普通解雇されたことを受け、地位の確認を求めるとともに、被告Bの言動を理由として慰謝料を請求したのが本件です。
本件では被告から、兼業禁止違反、勤務態度不良(出社拒否、人事面談拒否、無断欠勤、就労拒否)、協調性の欠如など多数の解雇事由が主張されました。
被告の言う「就労拒否」とは、具体的には、次の主張のことです。
(被告の主張)
「被告会社は、令和5年5月8日、原告に対し、自動車による通勤、顧客先への業務訪問には交通事故等の危険が生じるおそれがあるとして、病状の程度を問わず運転を禁止する旨の業務命令をした。これは、被告会社において、原告の服薬の影響で車の運転をすべきでないことが判明したためであり、自動車保険に関する損害保険代理業を営む被告会社としては、原告が交通事故を起こした場合の影響等を考慮すると、原告の業務時間中の車の運転は絶対に禁止する必要があった。しかしながら、原告は、理由は不詳ながら、自動車の運転にこだわり、自動車の運転ができなければ就労できないとの態度を崩さなかった。」
裁判所は、これを業務命令違反とは認めたものの、次のとおり述べて、解雇理由になることは否定しました。
(裁判所の判断)
「前記・・・の認定事実・・・によれば、被告会社は、令和5年5月2日、原告に対し、原告の病状が躁うつ病と確認されたため、自動車運転による通勤、顧客先への業務訪問には交通事故等の危険が生じるおそれがあるとして、同月8日以降、被告会社での上記自動車運転を禁止する旨の業務命令を発したものの、原告は、同日以降も、被告会社の業務を行うに当たって、自動車運転を継続したことが認められる。そして、証拠・・・によれば、原告の精神疾患に係る全ての服用薬の注意事項に、自動車の運転を控えることが明記されていたことが認められるところ、原告の主張を前提としても、原告から運転の可否を照会されたとする医師の見解も原告の自動車の運転を積極的に許容するものではなかったことからすると、原告は、被告会社の上記業務命令に違反して自動車の運転を継続したものといわざるを得ない。」
(中略)
「前記・・・の業務違反行為に関しては、被告会社として一番重要視していた解雇理由であるものの(被告B本人)、原告に対する運転禁止の業務命令の理由を記載した業務命令書・・・には、原告の服用薬の影響を理由とする旨の記載はなく、本件全証拠を検討しても、被告会社が同業務命令の理由が上記服用薬の影響であることを説明したことは認められず、さらに、前記・・・の認定事実・・・のとおり、被告会社は、原告が上記命令に違反して自動車の運転を継続していたことに対して注意指導をしたことはなかったことからすると、上記運転禁止の業務命令違反をもって、直ちに、解雇とすることは、不合理であって相当とはいえない。」
3.業務命令にも理由が必要とされた
確かに、症状や服用している薬により、自動車の運転を控えなければならない人がいることは否定できません。しかし、病名と自動車運転の制限とを結びつけることに関しては、医学的根拠に疑義を呈する見解が有力で(日本精神神経学会は「精神疾患に係わる制限と刑罰には医学的根拠はなく、患者の社会生活や通院、職業選択に不当な制限を加えるもの」との立場です。上記リンク先参照)、精神疾患を持っている方に対する不必要な制限に繋がるのではないかが危惧されていました。
本件は服薬による影響を危惧していることを説明することもせず、単に自動車運転禁止命令に従わないことをもって解雇するといった手法を否定的に評価したもので、精神疾患を持っている方の職業生活を考えるにあたり参考になります。
また、業務命令書に書かれていない理由を持ち出して解雇理由を補強することに消極的な評価をしたことも、一定の汎用性があり、注目に値するように思われます。