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供述者の氏名がマスキングされている調査報告書のみを根拠にパワーハラスメントを認めることは困難とされた例

1.パワーハラスメントを理由とする解雇等

 数年前、パワーハラスメントを理由とする分限免職処分を違法だと判示した一審、二審の判断が、最高裁で破棄される事件がありました(最三小判令3.9.13労働判例ジャーナル128-1 長門市・長門消防局事件)。

指導・処分歴のない公務員に対しパワハラを理由として行われた分限免職処分が有効とされた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 これは公務員関係の事件ですが、パワーハラスメントに対する最高裁の厳しい見方が民間にも影響を与えてか、公務員・民間とも、パワーハラスメントをした人が免職・解雇を含む厳しい処分を受ける例を見ることが多くなっています。

 しかし、処分を受けた人の中には、当然、納得できない人もいます。事実無根だという人もいれば、言われているほど酷いことをしたわけではないという人もいます。こうした人の中には、免職・解雇等の効力を争って法的措置をとる方もいます。

 法的措置をとると、使用者側からハラスメント行為の立証活動が行われます。その時に証拠としてしばしば現れるのが「調査報告書」です。「調査報告書」には、

ハラスメントの通報や申告を受けて会社として調査を行った、

物証の存否や内容を調べたうえ、色々な人からヒアリング調査を行った、

みんなこう言っていた、

だからハラスメントがあると認定した

といったようなことが書かれています。

 ここで良く問題になるのが「みんなこう言っていた」の部分です。

 ハラスメントの調査は、加害者からの報復を怖れる人からの協力を取り付けて行かなければならないため、供述者の氏名を秘匿することが良く行われます。その必要性は理解できなくはないのですが、処分を受けている人からすると「誰だか良く分からない人が何か言っているというだけで、なぜ自分の言うことが信じてもらえないのか。誰が言っているのかを教えてもらったうえで、供述の信用性を争う機会を与えてくれないのは不公平ではないのか。」ということになります。

 この感覚は法的にもおかしなものとはいえません。憲法に

「刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。」

と書かれているとおり(憲法37条2項)、刑事事件では、誰だか良く分からない人が紙の上で何か言っているというだけで処分されることはありません。

 それでは、民事事件ではどうなのでしょうか?

 民事裁判では刑事裁判ほど厳格なルールが採用されているわけではありませんが、供述者が匿名化された調査報告書でパワーハラスメントの存在を認定することは許されるのでしょうか?

 近時公刊された判例集に、この問題を考えるうえで参考になる裁判例が掲載されていました。東京地判令7.2.7労働経済判例速報2589-3 X社事件です。

2.X社事件

 本件で被告になったのは、介護事業の運営管理等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない雇用契約を締結し、特定有料老人ホームの施設長等を務めていた方です。ハラスメントや業務命令違反等を理由に解雇されたことを受け、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では結論として解雇は有効だと判示されているのですが、被告が主張していた解雇理由の一つであるパワーハラスメントについては、次のとおり述べて、これを認定しませんでした。

(裁判所の判断)

「前記・・・のとおり、本件調査委員会は、本件調査の結果、被告が解雇理由1-1ないし1-12として主張する原告の言動(本件ハラスメント言動及び本件不適切言動)をいずれも認定し、このうち解雇理由1-1、1-3、1-6、1-11の4つについては、労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律30条の2第1項で定義されるパワーハラスメントに該当すると判断した。本件調査委員会は、①被告と業務上かかわりのなかった2つの法律事務所(労働者側を中心に受任する弁護士事務所と、使用者側を中心に受任する弁護士事務所)から各2名の弁護士を選任して組織されたことに加え、過去に原告との間の労働紛争(団体交渉、前記・・・参照)に関わったB1社長をはじめとする被告の関係者は調査過程に関与しない仕組みがとられていたことから・・・、中立性が客観的に担保されていたと評価できること、②原告の本件施設在職中に勤務していた職員及び元職員の大部分(合計23名)からヒアリングを行ったこと・・・、③同ヒアリングの後、原告に対して職員から申告されたハラスメント行為を示し、認否・反論を聴取し、これを検討した上で結論を出したこと・・・、④L1職員に対する言動・・・については同人が当時書き記した日記の記載・・・を根拠として認定したことからして・・・、その調査結果は一般的に信用性が高いと言い得る。」

一方、①原告は解雇理由1の各事実について一貫して否認しており、その理由を具体的に述べていること・・・、②本件調査報告書は令和5年11月10日付文書提出命令の結果、供述者のうち18名の氏名等がマスキングされて証拠提出されており、供述者の特定ができないこと・・・からすれば、調査結果の信用性についてはなお慎重に検討する必要があり、この信用性を補強する証拠がない以上、本件調査報告書のみを根拠に解雇理由1の存在を認めることは困難と言わざるを得ない。そうすると、解雇理由1は認めるに足りない。

3.供述者の大部分が匿名の調査報告書による認定が否定された

 上述のとおり、裁判所は供述者の大部分が匿名とされている調査報告書による事実認定を否定しました。

 これは注目すべき判示で、ハラスメントの被処分者側で事件に取り組むにあたり、実務上参考になります。

 

 




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