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賃金債権との相殺合意は事後的かつ黙示的な同意では認められないとされた例

1.相殺禁止と相殺合意

 労働基準法24条1項本文は、 

「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。」

と規定しています。「全額を」という言葉の趣旨から、使用者は労働者に対する権利と賃金支払義務とを相殺することはできないと理解されています。

 しかし、一方的な意思表示である相殺は許されなくても、労働者との合意に基づいて相殺を行うこと(相殺合意/合意相殺)まで禁止されているわけではありません。最二小判平2.11.26労働判例584-6 日新製鋼事件は、

「労働基準法(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの。以下同じ。)二四条一項本文の定めるいわゆる賃金全額払の原則の趣旨とするところは、使用者が一方的に賃金を控除することを禁止し、もって労働者に賃金の全額を確実に受領させ、労働者の経済生活を脅かすことのないようにしてその保護を図ろうとするものというべきであるから、使用者が労働者に対して有する債権をもって労働者の賃金債権と相殺することを禁止する趣旨をも包含するものであるが、労働者がその自由な意思に基づき右相殺に同意した場合においては、右同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、右同意を得てした相殺は右規定に違反するものとはいえないものと解するのが相当である(最高裁昭和四四年(オ)第一〇七三号同四八年一月一九日第二小法廷判決・民集二七巻一号二七頁参照)。もっとも、右全額払の原則の趣旨にかんがみると、右同意が労働者の自由な意思に基づくものであるとの認定判断は、厳格かつ慎重に行われなければならないことはいうまでもないところである。」

と述べ、

自由な意思に基づく同意、

自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在すること、

を要件として、合意による相殺を認めています。

 このようなルールがあることから、実務上、しばしば使用者側から、

黙示的な同意(黙示的な相殺合意/黙示的な合意相殺)

を主張されることがあります。労働者のミスが原因で会社が受けた損害について、労働者の賃金から控除を行い、これが問題になるや、

「賃金から控除することは労働者も同意していた」

「実際、控除後も労働者は何ら異議を述べてこなかった」

という論理で、相殺合意や合意相殺に係る主張を展開してきます。

 これに対する反論として活用できる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令7.3.31労働判例ジャーナル162-48 越後物産事件です。

2.越後物産事件

 本件で被告になったのは、麺類の製造、卸売、小売、食品の販売等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の元従業員です。賃金減額の同意の成立や、排水溝やゆで釜の修理費等を賃金から控除する合意の成立を否定して未払賃金の支払を求めたほか、未払時間外勤務手当等(いわゆる残業代)を請求したのが本件です。

 本件では幾つかの興味深い判断がなされているのですが、本日、焦点を当てたいのは、修理費等を賃金から控除するの同意の成否に関する判示です。

 裁判所は、次のとおり述べて、相殺合意ないし合意相殺の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「労基法24条1項本文の定めるいわゆる賃金全額払の原則は、使用者が労働者に対して有する債権をもって労働者の賃金債権と相殺することを禁止する趣旨をも包含するものである。ただし、労働者がその自由な意思に基づき上記相殺に同意した場合においては、当該同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、当該同意を得てした相殺は上記規定に違反するものとはいえないと解するのが相当である(最高裁判所昭和63年(オ)第4号平成2年11月26日第二小法廷判決・民集44巻8号1085頁)。」

「これを本件についてみると、原告は本件控除に関する合意があったことを明確に否定している上、合意の存在を裏付けるような書証も提出されていないから、原告と被告との間で本件控除に関する合意が成立したと認めることはできないというべきである。」

「これに対し、被告代表者は、当事者尋問において、原告が本件控除について明示的に同意の意思表示をしたことはなかったことを前提に、本件控除について原告から何も言われなかったことをもって原告がこれに同意していたと述べている。しかしながら、単に本件控除について事後的に異議が述べられなかったことをもって原告がこれに同意したと認めるのは困難である。また、上記のとおり賃金債権との相殺が労働者の自由な意思に基づく同意がある場合に初めて許されることからすれば、事後的かつ黙示的な同意をもって賃金債権との相殺を認めるのは相当でもないといえる。

「なお、被告は、本件控除の理由として、原告が排水溝を詰まらせる、ゆで釜を空焚きするなどしたことにより修繕費等の支出を余儀なくされたと主張する。」

「しかしながら、本件店舗において発生した排水溝の詰まりが原告の過失等によるものであることを認めるに足りる証拠はない。また、原告はゆで釜を空焚きしたことがあることは認めているものの、ゆで釜の修繕等に要した費用の額は定かでなく、被告に損害が生じたことを認めるに足りる証拠もない。したがって、本件控除の理由として被告が主張する事実関係についても認めることができない。」

3.事後的かつ黙示的な同意をもって相殺を認めることが不相当とされた

 賃金からの控除をめぐる紛争の相当部分は、使用者が賃金の一部を一方的に控除することに端を発しています。これに対し、在職中は異議を述べられなかった労働者が、退職後ないし退職間際に控除された金額を支払えと求めるところから始まります。

 ここで使用者からしばしば主張されるのが、事後的・黙示的合意です。

 しかし、裁判所は「事後的かつ黙示的な同意」により相殺合意(合意相殺)を認めることは不相当との認識を示しました。

 本裁判例は、使用者側の典型的な主張を迎え撃つためのツールとして活用できるもので、実務上、参考になります。

 




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