1.就労の意思
解雇されても、それが裁判所で違法無効であると判断された場合、労働者は解雇時に遡って賃金の請求をすることができます。いわゆるバックペイの請求です。
バックペイの請求ができるのは、民法536条2項本文が、
「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。」
と規定しているからです。
違法無効な解雇(債権者の責めに帰すべき事由)によって、労働者が労務提供義務を履行することができなくなったとき、使用者(労務の提供を受ける権利のある側)は賃金支払義務の履行を拒むことができないという理屈です。
しかし、解雇が違法無効であれば、常にバックペイを請求できるかというと、残念ながら、そのようには理解されているわけではありません。バックペイを請求するためには、あくまでも労務の提供ができなくなったことが、違法無効な解雇に「よって」(起因して)いるという関係性が必要になります。例えば、何等かの理由によって違法無効な解雇とは無関係に就労意思を喪失してしまったような場合、就労意思喪失時以降のバックペイの請求は棄却されることになります。
就労の意思は解雇事件で問題になることが多い論点です。
しかし、就労の意思が問題になるのは、解雇の局面だけではありません。例えば、ハラスメントに耐えかねて出社したくてもできなくなった場合や、解雇することなく会社が労働者を職場から締め出してしまった場合などにもあてはまります。
近時公刊された判例集に、この就労の意思との関係で注目すべき判断を示した裁判例が掲載されていました。東京地判令7.3.21労働判例ジャーナル161-30 ジェットスター・ジャパン事件です。
2.ジェットスター・ジャパン事件
本件で被告になったのは、
航空運送事業等を目的とする株式会社(被告会社)
被告会社の代表取締役を務めていた方(被告P3)
被告会社の取締役会長を務めていた方(被告P4)
の三名です。
原告になったのは、被告と期間年の有期雇用契約を締結した英国籍の方です。
運航本部長として年間基本給1356万円(月額基本給113万円)、運航上級役職手当544万円と高い賃金で雇われていましたが、降格処分を受け、その効力を争っている最中に英国に帰国し、そこで別に仕事を見つけて働き始めました。
本件の原告は降格の効力を問題にして、被告会社との関係では未払賃金等の支払を請求しました。
外国に行ってしまっていたことから、この事件では原告の就労の意思が争われました。
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、就労の意思はなかったとはいえないと判示しました。
(裁判所の判断)
「使用者が、労働者の労務の提供について受領拒絶の意思を明確にしている場合、労働者が労務の提供をすることは不要と解されるが、債権者(使用者)の責めに帰すべき事由によって履行不能といえるためには、労働者に就労の意思及び能力が必要であると解される。」
「被告会社は、令和2年7月22日、原告に対し、本件降格を通知し、同月23日、本件降格に応じなかった原告に対し、原告の被告会社のシステム及びメールアカウントへのアクセスを遮断し、同月27日、原告に対し、P13が運航本部長の地位を引き継いだ旨を連絡したものであるから、被告会社は、本件降格に応じなかった原告に対し、労務の提供を拒絶したと認められる。」
「原告が、運航本部長の職に関心を持ち本件雇用契約が締結されたこと、本件雇用契約後、1年以上運航本部長として勤務してきたこと、本件降格後、その無効を主張したこと、被告会社で勤務する能力を有していたことからすれば、被告会社における就労の意思及び能力を有していたと認められる。」
「もっとも、原告は、同年12月28日に社宅を退去して、英国に帰国し、令和3年1月以降、英国で勤務したことが認められる。」
「しかし、原告は被告会社で就労する能力があり、英国に帰国し、勤務したことをもって被告会社で就労する能力がないとはいえない。次に、本件降格が無効であること、被告会社が、令和2年8月20日時点で、住居費を、原告が社宅を退去する日又は同年12月末日までの先に到来する日までは支払うと述べており、長くとも同日までしか住居費を支払わない意向を示していたこと、同年10月16日には、同年11月以降の賃金の支払が、従前から大幅に減額した月額80万円になると告げたこと(ただし、被告会社は、同年12月までは社宅の賃料を負担している。)からすれば、原告が同年12月末日に社宅を退去して英国に帰国したことが自発的なものとはいえない。また、原告は、同年7月22日の本件面談後から新しい職を探していたものの、令和3年1月以降の勤務先は、原告がこれまで勤務した航空会社等と異なり、フライト・シミュレーター訓練学校の管理責任者というもので、本件雇用契約の賃金より低額の賃金であったことからすれば、原告が英国で別の会社に雇用されたことをもって、就労の意思がないとはいえない。原告が日本に再入国し就労することが困難な事情も認められない(なお、原告には、日本人の妻がいる。)。」
「そうすると、原告は、本件雇用契約の満了日(辞職の有無は後記8で検討する。)である令和4年4月3日まで就労の意思及び能力を有していたと認めるのが相当である。」
「このように原告に就労の意思及び能力を有するにもかかわらず、被告会社は令和2年7月22日に無効の本件降格を通知し、その翌日、本件降格に応じなかった原告に対し、原告の被告会社のシステム及びメールアカウントへのアクセスを遮断し、原告の労務の提供について受領拒絶の意思を明確にしたから、原告は、本件降格の翌日である同月23日以降、使用者である被告会社の責めに帰すべき事由によって履行不能になったと認めるのが相当である。」
3.外国に行って働き始めた場合でも就労意思が否定されないことがある
以前、
通勤不可能圏内への居住と就労の意思 - 弁護士 師子角允彬のブログ
という記事を書きました。その中で、遠隔地に居住しても、就労意思が失われなかった裁判例を紹介しました(東京地判令6.10.16労働判例ジャーナル158-38 aidea事件)。
本件では遠方どころか外国に行ったことが問題視されましたが、就労の意思は認められました。経緯に相当に問題があるとはいえ、外国に行って他社就労してなお就労意思が否定されなかったことは注目に値します。
外国人が関係する労働事件に取り組むにあたり、裁判所の判断は実務上参考になります。