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会社が訴訟追行を放棄したことから、賃金不払いについて代表取締役の個人責任が認められた例

1.賃金の不払と取締役の個人責任

 会社法429条1項は、

「役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。」

と規定しています。

 賃金を払ってもらえない労働者は、この規定を根拠として役員(取締役)に個人責任を追求することが考えられます。

 ただ、会社法429条1項に基づく損害賠償として残業代を請求するにあたっては、三つの乗り越えなければならない壁があります。

 一つ目は、損害の発生です。

 会社から賃金を払ってもらえる限り、労働者に損害が発生することはありません。そのため、「損害」があったといえるためには、会社が倒産状態に陥るなど、会社から残業代を取り立てることができない事情が必要になります。

 二つ目は、任務懈怠と損害の発生との間の因果関係です。

 賃金の不払と会社の支払能力の喪失との間に因果関係があるといえるのか(賃金を払わなかったから支払能力がなくなったのか)という問題です。裁判所によっては、これを比較的厳格に要求します。そして、これを厳格に理解する見解によると、賃金を払わないことは、通常、会社のキャッシュを増やす意味を持つため、因果関係が認められる場面は極めて限定的に理解されることになります。

 三つ目は、「悪意又は重大な過失」が認められることです。

 賃金の不払は取締役の任務(法令遵守義務)に違反します。しかし、損害賠償責任を発生させるには、単に法令違反行為が確認されれば足りるわけではなく、それが「悪意又は重大な過失」に基づいていることが必要になります。

 裁判所はこれらのハードルの一つ又は二つ以上の組み合わせを理由として、容易には取締役の個人責任を認めない傾向にあります。

 こうした状況の中、近時公刊された判例集に、会社に対する未払賃金請求訴訟の応訴活動を放棄したことを理由として、一つ目のハードルを乗り越えさせた裁判例が掲載されていました。東京地判令7.3.31労働判例ジャーナル161-16 MAGUMO事件です。

2.MAGUMO事件

 本件で被告になったのは、

飲食店の経営等を目的とする株式会社(被告会社)

被告会社の代表取締役(被告B)

の二名です。

 原告になったのは、被告会社が経営するラーメン店の営業に携わっていた方です。

 原告と被告会社との間には雇用契約が成立しているところ、賃金が支払われていないと主張して、

被告会社には未払賃金を、

被告Bには任務懈怠を理由とする損害賠償を

請求する訴えを提起したのが本件です。

 裁判所は雇用契約の成立を認め、会社に未払賃金の支払を命じるとともに、次のとおり述べて、被告Bの個人責任も認めました。

(裁判所の判断)

「株式会社の取締役は、会社との委任関係に基づき、会社に対して、善管注意義務(民法644条)及び忠実義務(会社法355条)を負い、法令等を遵守して会社のため忠実にその職務を行わなければならないところ、労働基準法は、使用者に対して賃金の全額払いを義務付けている(労働基準法24条)。そして、本件において、被告Bには、原告に対する1年半もの長期間にわたる賃金の未払につき任務懈怠があり、かつ、その点について少なくとも重過失があったと認められる。」

「上記・・・のとおり、被告Bには任務懈怠につき少なくとも重過失があり、会社法429条1項により、原告に生じた損害を賠償すべき責任を負うところ、原告が現時点まで未払賃金の支払を受けることができておらず、しかも、被告らが本件訴訟の追行を放棄したというべき経過もあることを踏まえると、本件においては、前記・・・のとおり原告が被告会社に対して未払賃金の支払請求権を有しているという点を考慮しても、原告には、未払賃金相当額(540万円)の損害が生じているというべきである。」

「上記・・・によれば、原告の被告Bに対する請求は、540万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である令和5年3月18日から支払済みまで民法所定の年3%の割合による金員の支払を求める限度で理由がある。」

3.訴訟追行の放棄

 訴訟追行の放棄との関係で言うと、本件では次の事実が認定されています。

「被告らは、当初、弁護士に本件訴訟追行を委任し、原告の請求を争っていたが、被告ら訴訟代理人弁護士は、令和6年12月13日付け『辞任届』を提出して辞任し、その後、被告らは、令和7年1月9日の第16回弁論準備手続期日、同年2月17日の第1回口頭弁論期日及び同年3月24日の第2回口頭弁論期日をいずれも欠席した。」

 第16回という回数から分かるとおり、本件ではかなりの期間、中身のある審理が続いていました。単純な欠席判決の事案とは明らかに異なります。

 このような状態においても、裁判所は、途中から訴訟追行を放棄したことをもって、未払賃金相当額の損害の発生を認めました。訴訟追行を放棄したことを、判決が出ても従わない意思の徴表として捉えたのかも知れません(会社は判決に従わない⇒未払い賃金を回収できない⇒損害の発生が認められる)。

 いずれにせよ、未払賃金相当額の損害の発生が認められる一つの類型として、裁判所の判断は、実務上参考になります。

 




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