1.交通法規違反を理由とする懲戒処分
交通取締法規違反を理由とする懲戒処分の量定は、かなり重くなっています。
例えば、国家公務員の懲戒処分の標準的な処分量定を定めた平成12年3月31日職職-68『懲戒処分の指針について』は、
「酒酔い運転をした職員は、免職又は停職とする。この場合において人を死亡させ、又は人に傷害を負わせた職員は、免職とする。」
と規定しています。自治体でも類似の標準例が定められていますが、人に傷害を与えていなくても免職になって、それが司法判断としても維持される例は後を絶ちません。
飲酒運転と並んで厳しく非難されている交通取締法規違反の類型の一つに、無免許運転があります。この無免許運転を犯し、しかも赤信号看過までしながら、処分量定が免職まで行かず、停職4月に留められた例があります。昨日ご紹介した、熊本地判令7.2.19労働判例ジャーナル161-42 球磨郡公立多良木病院企業団事件に掲載されている行政実例です。
2.球磨郡公立多良木病院企業団事件
本件で被告になったのは、病院を経営する一部事務組合(地方公共団体の一種)です。
原告になったのは、被告が経営する病院(本件病院)に採用され、総合健診センター管理課長等の仕事を担っていた方です。赤信号を看過して他の自動車との間で物損事故を起こした後、免許証が有効期限徒過により失効していることが判明しました。これが「職員が無免許運転で他人に物的損害を与えたとき」という非違行為に該当するとして停職4か月を内容とする懲戒処分を受けました。この懲戒処分に対し、取消を請求する訴えを提起したのが本件です。
本件では処分量定の適否が問題になりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を棄却しました。
(裁判所の判断)
「公務員に対する懲戒処分について、懲戒権者は、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をするか否か、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択するかを決定する裁量権を有しており、その判断は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に、違法となるものと解される(最高裁昭和47年(行ツ)第52号同52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁、最高裁平成23年(行ツ)第263号、同年(行ヒ)第294号同24年1月16日第一小法廷判決・裁判集民事239号253頁等参照)。」
「原告は、本件無免許運転の経緯として、令和4年3月に現在の住所へ引っ越した際に、免許証記載の住所の変更手続を行わず郵便局への転居届を提出しなかったため、原告の現住所には、免許証の更新手続の案内が送付されなかったから、原告は、免許の失効について認識しなかったなどと主張し、これに沿う供述等・・・をする。」
「しかしながら、本件無免許運転の経緯が原告の主張、供述等するとおりであったとしても、前記・・・のとおり、自動車等の運転をする者は、免許証の更新の手続等により免許の有効性を維持した上で運転すべき義務を負っている上、免許を受けた者は、住所等(道路交通法93条1項4号)に変更を生じたときは、速やかに住所地を管轄する公安委員会に届け出て、免許証に変更に係る事項の記載等を受けなければならない(同法94条1項)のであるから、原告が上記届出等を怠った結果、原告の現住所に免許証の更新手続の案内が送付されず、原告が免許の失効について認識しなかったことについて、原告に帰責性がないとはいえない。なお、原告は、異動及び管理職昇任による精神的ストレスもあったなどと供述するが、およそ免許証の更新手続を失念したことを正当化できるようなものではない。そもそも、前記・・・のとおり、自動車等の運転をする者は、運転の際に自らの免許の有効性を確認すべきであるにもかかわらず、原告は約7か月にわたり無免許運転を継続したのであるから・・・、その不注意の程度は甚だしいというべきであって、原告の責任が軽いとはいえない。」
「また、前記前提事実・・・のとおり、本件事故は、原告が赤信号を看過して交差点に進入したことによって発生しており、原告には、無免許運転にとどまらない交通法規軽視の態度がうかがわれるから、たとえ本件無免許運転が過失によるものであったとしても、本件無免許運転の態様は悪質なものであったといわざるを得ない。」
「前記前提事実・・・によれば、原告は、医事係長、医事課長補佐などの管理職を歴任し、本件無免許運転当時、総合健診センター管理課長として他の職員を指導すべき立場にあった。また、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告は被告における業務として、公用車を運転して医師の送迎を継続的に行っていたことが認められるのであるから、本件無免許運転が他の職員に与える影響は小さいとはいえず、被告の公務の遂行に相応の支障を及ぼすとともに、被告に対する本件病院利用者等の信頼を損なうものである。」
「以上を前提に、本件別表において、無免許運転で他人に物的損害を与えた職員に対する懲戒処分の標準量定は、免職又は停職(2月以上6月)であって、停職4か月である本件処分がその範囲内であることからすれば、原告に対して本件処分を行った処分行政庁の判断が、社会通念上著しく妥当を欠くものであるとはいえず、懲戒権者に与えられた裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものということはできない。」
「原告は、本件無免許運転が故意によるものではなく、本件事故後、被告に対して報告をしたこと、懲戒処分歴等がなく、被告において長年にわたり真面目に医療事務に従事してきたことなどを、本件処分が社会観念上著しく妥当を欠くことを基礎付ける事情として主張するが、これらの事情を踏まえても、上記判断は左右されない。」
3.免職も選択可能な中、停職が選ばれた
本件地方公共団体は懲戒処分の標準例について、無免許運転を「免職又は停職」と位置付けていました。免職が有り得ることからすると免職になっていてもおかしくなかったように思いますが、処分行政庁は原告を停職4月に処しました。
原告の請求が認容された事案ではありませんが、相応に悪い情状が揃っている事案においても、停職4月で済まされた行政実例が存在することは注目に値します。なぜなら、同じく無免許運転や赤信号看過で懲戒免職処分が行われた時に、処分量定を争う材料になるからです。原告勝訴事案ではないものの、判決文に現れている行政実例は、同種事例で処分量定の適否を争うにあたり、実務上参考になります。