1.中間収入控除
民法536条2項は、
「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。」
と規定しています。
判決で解雇が違法無効であると確定した場合、解雇された時に遡って賃金を請求できるのは(いわゆるバックペイの請求ができるのは)、民法536条2項前段が根拠とされています。使用者(債権者)が違法無効な解雇をしたこと(責めに帰すべき事由)によって、労働者(債務者)が労務提供義務を履行することができなくなったのであるから、使用者は反対給付(賃金支払債務)の陸を拒むことができないという趣旨です。
しかし、民法536条2項には続き(後段)があります。この民法536条2項後段があるため、労働者は解雇の効力を争って係争している間に他社就労によって得た賃金を使用者に償還する必要があります。使用者に労務提供義務を履行しなかったことにより、他社就労により利益を得たと理解されるからです。
このようにバックペイから他社就労によって得た賃金を控除することを「中間収入控除」といいます。
中間収入控除についての判例の立場は、
「①中間収入は、それが副業的なものでない限り、債務を免れたことによって得た利益として償還の対象となるが、③最低生活保障という労基法26条の趣旨からすると、平均賃金の6割に達するまでの部分は、控除の対象とすることが禁止されている。そして、②この平均賃金の6割の絶対保障枠を超える部分については、これと時期的に対応する中間収入の額を控除(相殺)することも許される」
と整理されています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第2版、令3〕644頁、最二小判昭37.7.20民集16-8-1656、最一小判昭62.4.2労働判例506-20 あけぼのタクシー(民事・解雇)事件)
要するに、バックペイのうち6割部分は確実に得られるものの、4割の部分は損益相殺の対象になってしまうということです。
ここで一つ問題があります。
この中間収入控除に関するルールは、公務員の免職処分が取り消された場合にも適用されるのでしょうか?
民間で言うところの解雇は、公務員の場合「免職処分(懲戒免職処分・分限免職処分)」という行政処分の形式で行われます。
免職処分が取り消されると、処分時以降も引き続き公務員としての地位が維持されていたことになるため、給与が遡って支払われることになります。ここから中間収入を控除することが許されるのかという問題です。
近時公刊された判例集に、これを否定した裁判例が掲載されていました。甲府地判令5.6.27労働判例1332-70 富士吉田市(職場復帰期待権侵害等)事件です。
2.富士吉田市(職場復帰期待権侵害等)事件
本件で原告になったのは、被告富士吉田市が設置、運営する病院(本件病院)の歯科口腔外科において歯科医師として勤務していた方です。パワハラ等を理由に懲戒免職処分が行われたことを受け、懲戒免職処分の取消訴訟を提起しました(本件懲戒免職処分)。裁判所は、被告が主張する非違行為のほとんどについて、これを認めるに足りる証拠はないなどとして、本件懲戒免職処分の取消請求を認めました。
しかし、被告市長は記者会見の席上で「パワハラがあったということは絶対に間違いないと考えている」などと発言したうえ、判決確定後も原告を原職復帰させず、免職処分時以降の給与も支払わないと司法判断を無視した行動をとりました。
これに対し、
① 懲戒免職処分時~前訴判決確定日までの未払給与、
② 職場復帰に対する期待権侵害を理由とする損害賠償、
③ 記者会見時の言動により社会的評価が低下したことを理由とする損害賠償
の支払を求める訴えを提起したのが本件です。
①の請求との関係では中間収入控除の可否が問題になりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、これを否定しました。
(裁判所の判断)
「そもそも行政処分の取消訴訟は、処分によって生じた違法状態を排除し、処分のなかった状態を回復するのが目的であることから、前訴において、本件懲戒免職処分の取消判決が確定したことにより、本件懲戒免職処分時に遡って、原告は、被告の職員としての地位を回復しているとみるべきである(最高裁昭和44年(行ツ)第8号同49年12月10日第3小法廷判決・民集28巻10号1868頁参照)。」
「そして、地公法24条5項は、職員の給与、勤務時間その他の勤務条件は、条例で定めるとしており、これを受けて、富士吉田市職員給与条例は、第4条において、任命権者は、全ての職員の職を、給与表に定めるいずれかの級に格付けし、同条第2項に定める給与表により給与を支給しなければならないとしていることから、本件において、原告は、地公法24条5項を受けて規定された被告給与条例の第4条に基づき、被告に対して給与請求権を得ることとなる。」
「そうすると、本件における原告の給与請求権は、前訴判決の確定により原告が被告の職員としての地位を回復したことにより、地公法24条5項及び被告給与条例第4条に基づき生じるのであって、被告が主張するように、民法536条2項により生じると解すべきではない。」
「したがって、民法536条2項ただし書を適用する余地はないというべきであるから、被告は、原告に対し、本件懲戒免職処分期間中に原告が支払を受けるべき給与全額の支払義務を負うと解される。」
「これに対し、被告は、原告からの給与支払請求に対し、民法536条2項但書を適用または類推適用すべきであると主張する。」
「しかし、原告の給与請求権の根拠を民法536条2項に求める被告の主張は解釈を誤ったものである以上、同項ただし書を適用できないのは上述のとおりである。」
「また、被告は、民法536条2項但書の類推適用について、その基礎として、地公法上、基本的に労働基準法が地方公務員に対して全面的に適用されるなど、地方公共団体と職員との法律関係における契約性を全て排除しているとは考えられないことや、地公法24条1項及び被告給与条例第3条の2の規定を指摘し、職員は、勤務したことに対する報酬を請求でき、被告はこれを支払う義務を負うという権利義務関係が構築されていることから、地方公共団体とその職員の権利義務関係を規定する法規範から民法を除外する理由はないと主張する。」
「しかし、地方公務員には労働基準法の適用はあるものの(労基法112条)、それは、地方公務員の地位が労働契約に基づくものではなく、行政処分として任用されるものであることを前提に、地方公務員の労働者性を踏まえて労働基準法を適用すべきものと除外すべきものを峻別したものにすぎず、地方公共団体と職員との法律関係を契約類似のものと取り扱う趣旨とまでは解されない。また、地方公共団体の職務とこれに対する給与は対価的関係にあるとはいえるものの、そのような対価関係ないし権利義務関係は、あくまで法律又は条例によって生じるものであるから、契約に基づく民法の規定を適用する余地は無いというべきである。」
「そもそも、地公法24条1項及び富士吉田市給与条例第3条の2はいずれも、免職期間中の中間利益の控除の可否について明確に定めているものではなく、あくまで職務給の原則及びノーワーク・ノーペイの原則を定めているにすぎず、他方で、地方公務員の給与の額等は条例で定めなければならず(地公法24条5項)、職員の給与は、法律又は条例により特に認められた場合を除き、全額を支払わなければならないとされている(同法25条2項)。そして、当該規定を受けて、富士吉田市給与支給規則第5条各号において、富士吉田市給与条例第3条の2の規定によって減額される場合の給与等の計算方法について詳細な定めがされている。そうすると、地公法24条1項及び富士吉田市給与条例第3条の2に定められている一般原則のみに従って民法の類推根拠があるとして、民法536条2項の適用または類推適用を認め、中間利益の控除を認めることが可能であるとすれば、地公法25条2項の規定は意味をなさなくなることからすると、被告の主張をもってしても、本件において536条2項ただし書を類推適用しうるとは解し難い。」
「よって、本件において、被告は、民法536条2項ただし書の適用または類推適用により、本件免職期間中の中間利益の控除を行うことはできない。」
3.中間収入控除も、その類推適用も否定
以上のとおり、裁判所は、公務員に支給される給与との関係で、中間収入控除やその類推適用を否定しました。
免職処分が取り消されて給与を支払わないという事態も、処分行政庁が中間収入控除を主張するという事態も普通はありません。そうした事情もあり、この問題は従来それほど議論の対象とはされてきませんでした。実務上問題になることは稀かも知れませんが、本判決は、数少ない司法判断として、公務員の法律関係を考えるにあたり、参考になります。