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症状について必ずしも正確な申告があったとは認めがたいとしてカルテの記載を否定し、精神障害の発症から約2年後の自殺に業務起因性を認めた例

1.精神障害の発症と自殺との間に時間的間隔がある場合

 鬱病(うつ病)等の精神障害への罹患が自殺に繋がることは少なくありません。

 そのため、加重業務などの強い心理的負荷を生じさせる出来事⇒精神障害の発症⇒自殺という一連の因果の流れが時間的に近接している場合、自殺の業務起因性は比較的容易に認められます。

 しかし、精神障害の発症から自殺に至るまでに長い時間が経過してしまっていると、自殺を業務の過重性と結びつけることができるのかが微妙になってきます。精神障害の影響以外の要因が自殺を引き起こしてしまったのではないのかという疑問を差し挟む余地が出てきてしまうからです。このような問題状況のもと、近時公刊された判例集に、精神障害の発症から自殺までに約2年の時間的間隔があったにもかかわらず、過重労働との因果関係が認められた裁判例が掲載されていました。東京地判令6.12.12労働経済判例速報2586-7 三田労基署長事件です。

2.三田労基署長事件

 本件は労災の不支給決定に対する取消訴訟です。

 原告になったのは、衛生陶器等建築設備機器の製造・販売等の事業を営む株式会社(株式会社A)に勤めていた方(亡P5)の遺族の方です。亡P5が自殺したのは、長時間労働や連続勤務、上司からのパワーハラスメントによるストレスで鬱病を発症したからであるとして、三田労働基準監督署長に対し、労災(遺族補償給付、葬祭料、労災就学等援護被)を請求しました。これに対し、三田労働基準監督署長から不支給処分を受けたことから、当該不支給処分の取消を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では平成26年12月頃に鬱病が発症した後、休職⇒復職という過程を経て、平成29年1月に駅構内のホームから急行列車に飛び込んで自殺したという経過が辿られていました。鬱病の発症と自殺との間に時間的間隔が空いていたことから、鬱病の業務起因性のほか、鬱病に業務起因性があるとしてもそれと自殺との間に相当因果関係が認められるのかが問題になりました。

 裁判所は鬱病の業務起因性を認めたうえ、この争点について、次のとおり述べて、相当因果関係を肯定し、原告の請求を認容しました。

(裁判所の判断)

・精神障害の「症状安定」に係る判断基準

「本件においては、本件疾病の発病(平成26年12月頃)から亡P5の自死(平成29年1月13日)まで約2年が経過しているところ、被告は、本件疾病は平成28年5月には『症状安定』に至ったから、業務と自死との間には相当因果関係がなく、業務起因性が認められない旨主張する。」

「現行認定基準は、『第5 精神障害の悪化と症状安定後の新たな発病」において、「既存の精神障害について、一定期間、通院・服薬を継続しているものの、症状がなく、又は安定していた状態で、通常の勤務を行っている状況にあって、その後、その症状の変化が生じたものについては、精神障害の発病後の悪化としてではなく、症状が改善し安定した状態が一定期間継続した後の新たな発病として、前記第2の認定要件に照らして判断すべきものであること。』とする・・・。また、令和5年報告書においては、上記『一定期間』につき、『個々の事案に応じて判断する必要があり、事案によっても幅があると考えられるため一律の基準を明示することはできないが、例えばうつ病については、おおむね6か月程度症状が安定して通常の勤務ができていた場合には、このような症状安定後の発病として、通常の認定要件に照らして判断できる場合が多いものと考える。』としている・・・。」

「上記認定基準等の内容を踏まえると、労災保険法上、業務による心理的負荷によって発病した精神障害が『症状安定』に至り、これ以降に発生した結果(死亡)につき、当該精神障害に起因するものではないと判断されるか否かは、治療内容、投薬の状況、症状の経過及び本人の就労を含む生活状況等に照らし、精神障害の症状が現れなくなった、または症状が改善し安定した状態で、通常の勤務を行っている状況がおおむね6か月程度継続しているか、との観点から検討するのが相当である。」

・本件における検討

「亡P5の治療内容、投薬の状況」

「亡P5は、平成27年8月の復職後から自死した平成29年1月まで、おおむね1か月に1回、Hクリニックへの通院を継続し、P9医師による診察及び投薬治療を受けていた・・・。」

「本件疾病の治療には、主として抗うつ薬(パキシル)が用いられていたところ、平成27年2月以降1日50mg処方されていたが、平成28年5月から減薬が始まり、同年12月にかけて、段階的に1日5mgまで減薬されたことが認められる・・・。」

「一方、【1】平成28年5月11日及び同年6月10日のカルテに『減薬してみたい』『ご本人の希望もあり』と、減薬の理由が亡P5の希望である旨明記されていること・・・、【2】P9医師は、この希望に対し、平成28年7月4日、同月22日、同年8月26日、同年9月16日、同年11月19日の各診察時において、更なる減薬の判断を次回以降の診察時に繰り延べ、減薬について慎重な姿勢を示していたこと・・・が認められ、減薬は、亡P5の強い希望で実施されたことがうかがわれる。」

「また、P9医師は、亡P5の自死後に作成した意見書において、治療の状況につき、『抗うつ薬、抗不安薬、眠剤処方して状態改善を目指していた。精神状態は多少の上下はみられていたので状態に応じて処方の変更は行っていた。』と記載しており・・・、治療期間を通じて、亡P5の精神状態には不安定さが残存しており、投薬治療により改善を目指すべき状態にあったといえる。そして、このことは平成28年12月17日にパキシルを12.5mgから5mgに減薬するに当たり、P9医師が、亡P5に対し、『年末年始なのでムリをしないように』と指導していたこと・・・、上記減薬後の同月27日には、亡P5は、友人に対し、『俺は激落ちくんだわ。超悲観的モードになる。まだ復活しとらんのかね~』とラインメッセージしていること・・・、平成29年1月7日、P9医師は、亡P5からパキシルを減薬して二週間程度は気分の揺れを感じたとの訴えがあったことから、投薬を継続してフォローするとの判断をしていること・・・からもうかがわれる。」

「そうすると、抗うつ剤の減薬がされていたことから、直ちに亡P5の状態が安定していたと認めることはできない。」

「就労を含む生活状況」

「就労の状況について、亡P5は、平成27年8月17日に復職して以降、週5日、フルタイムで勤務し、自死する平成29年1月13日まで、ほぼ欠勤することなく勤務を継続していた・・・。また、復職後の平成27年9月頃には、本件疾病の発病に係る自身の経験と本件会社に対する提言をまとめた懸賞論文を作成し、平成28年6月には昇格試験を受験して合格するなど、通常業務以外の課題を自ら設定して達成していることに加え・・・、亡P5の当時の同僚らが、労働基準監督署による聴取に際し、元気に仕事をしており落ち込んでいる様子は特になかった旨述べていることからすれば・・・、本件疾病の症状のうち『意欲の低下』については、平成27年10月以降、少なくとも本件会社に出勤できなくなる、あるいは通常業務に差し障りが出るような症状は出ておらず、状態がある程度安定していたともいえる。」

「一方、本件疾病の症状のうち『不眠』については、復職した平成27年8月以降も、ほぼ毎日、原告に対して十分な睡眠がとれないことを訴えており、少しの生活音がしても眠れなくなる、リアルな悪夢を見て怯える、といった症状が継続していたと認められ・・・、このことは、平成28年8月26日のカルテに『3日に1回くらい中覚(中途覚醒)出る』旨記載がされていること・・・、亡P5は平成28年8月以降も、睡眠に関する書籍やメンタルに関する書籍を購入していたこと(・・・なお、上記懸賞論文は、平成27年9月頃に作成しているから、これら書籍が懸賞論文作成のためのものでないことは明らかである。)とも整合する。」

これに対し、カルテには、不眠に関する訴えは、上記平成28年8月26日を除いて記載されておらず、むしろ亡P5が、P9医師の診察の際に、睡眠はよくとれており(カルテの『sleep appetite good』との記載)、『状態安定している』『このままで大丈夫』(平成28年9月16日)、『状態は非常に安定している』(同年10月22日)、『全く問題なく生活できている』(同年11月19日)と述べていたことが記録されている・・・。この理由について、原告は、亡P5は、【1】当時、抗うつ薬(パキシル)の影響でリアルな悪夢(足がつるされて宙ぶらりんになった夢や足を切断された夢)をみるのではないかと思い込んでおり、原告に対し、この悪夢が恐怖でしかないので、何としてもパキシルを減薬したいと話していたこと、【2】パキシルを処方されているうつ病患者のブログをよく読んでおり、そのブログの更新が途絶えると『あの人、自殺しちゃったのかもしれない』と言って、パキシルを飲み続けることについての不安を募らせていたこと、【3】原告に対し、P9医師の診察で『気分に揺れがある』などの具合が良くない旨を申告すると、パキシルの処方を増やされる、あるいは減薬してもらえない可能性があるので、できるだけ調子が良いと申告していると話していたことを述べている・・・。この供述は、悪夢の内容やブログのエピソードなど具体的で詳細であることに加え、上記アの亡P5の希望による減薬の経過とも整合する。また、亡P5は、復職直後である平成27年8月24日、産業医に対して、日曜日の夜に気分の落ち込みやめまいといった症状が出現し、同症状が休職前にも現れていた旨申告しているところ・・・、平成28年11月3日、弟に対し、日曜日に気分が落ち込むとの悩みをラインメッセージで送信しているにもかかわらず、同月19日の診察では『全く問題なく生活できている』と述べ、休職前の症状が出現していることを認識しながら、申告していないこととも一致する・・・。したがって、原告の上記供述は信用することができる。

そうすると、亡P5は、不眠症状が継続していたにもかかわらず、抗うつ剤(パキシル)を減薬してもらうため、これをP9医師に申告していなかったと認められ、カルテに不眠に関する訴えが記載されていないことは、亡P5が復職後も継続的に不眠症状に悩まされていたとの上記認定を覆すものではない。

「以上の検討によれば、亡P5は、少なくとも復職後の平成27年8月から自死に至る平成29年1月まで、本件疾病の症状である不眠が継続していたと認められる。そして、その症状は、少しの生活音がしても眠れない、リアルな悪夢を見るなど、休職前に本件疾病によって発現していた不眠症状・・・と同様の症状を呈しており、改善していたとは認め難い。この点、P13医師も、亡P5には、睡眠障害が残存しており、これはうつ病などの必発の症状であり、本件疾病が寛解していない傍証となる旨の意見を述べているところである・・・。」

「また、亡P5の精神状態には不安定さが残存しており、投薬治療により改善を目指すべき状態にあったことは前記のとおりであり、抗うつ剤の減薬の経緯は、症状が安定していたことを裏付けるに足りない。」

「これらを踏まえると、本件疾病の症状が改善し安定した状態がおおむね6か月程度継続していたとは評価できない。」

「したがって、本件疾病が、亡P5の死亡までの間に『症状安定』に至ったとは認められないから、亡P5は、本件疾病の影響により、正常な認識、行動選択能力が著しく阻害され、あるいは自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったものと推定され、亡P5の死亡についても業務起因性が認められる。

これに対し、被告は、本件疾病は平成28年5月頃には『症状安定』に至っていた旨主張し、東京労働局専門部会及びP12医師も、同趣旨の意見を述べる・・・。

しかし、上記各意見書については、前記・・・のとおり亡P5から症状について必ずしも正確な申告があったとは認め難いカルテの記載を根拠とし、亡P5の不眠症状について考慮に入れていないから、その結果を信用することはできない。

「仮に被告の主張するとおり、本件疾病が『症状安定』に至り、平成29年1月7日から13日までの間に新たなうつ病エピソードを発病して自死に至ったとする場合、この発病前おおむね6か月(平成28年7月から平成29年1月頃)の間に、発病の原因となる心理的負荷が存在すると考えるのが合理的である。」

「しかしながら、認定事実・・・のとおり、同期間、本件会社における亡P5の業務は通常の7割程度に抑えられており、亡P5の希望どおりの配置転換がされ、配置転換先(販売推進第2課)の業務内容も,亡P5がC支社で10年経験した営業職であったのであるから、休職前に比して、業務による心理的負荷は大幅に軽減されていたことがうかがわれ、被告の主張によっても、業務による強い心理的負荷があったとは認められない。その他、業務以外の心理的負荷及び個体側要因によって、新たにうつ病エピソードを発病したと認めるに足りる証拠は存在しない。」

「そうであるとすると、亡P5が平成29年1月に自死に至ったのは、本件疾病が『症状安定』に至っておらず、平成27年1月頃に電車に飛び込んで自死する希死念慮に捉われていた状態・・・にまで再び悪化したことが原因であると説明するのが最も合理的である。」

3.カルテの記載を絶対視してはいけない

 本件で特徴的なのは、約2年間という精神障害の発症~自殺までの期間の長さもさることながら、カルテの記載に基づいた処分行政庁の判断を否定しているところです。

 カルテには不眠の記載はなく、むしろ、不眠状態が解消されているかのような記載がありました。処分行政庁は不支給処分をした理由の一つとして、この点を指摘していました。

 しかし、裁判所は、亡P5が悪夢に悩んでいたこと・悪夢の原因が医師からの処方薬にあると思い込んでいたことや、身内に送られているメッセージとカルテに記載されている医師への申告内容との整合性の欠如等を指摘し、カルテに記載されている亡P5の申告内容は、必ずしも症状を正確に記載したものではないと判示し、処分行政庁の判断を否定しました。

 診療録のような第三者的な専門家がリアルタイムで機械的に作成して証拠は、しばしば客観証拠(客観的証拠)などと呼ばれ、事実認定上、大きな証拠価値が与えられる例が少なくありません。

 しかし、本件ではそれが否定されました。裁判所が遺族の声に真摯に耳を傾けた結果、医師への申告の方が不正確だったのではないか?という仮説の方に説得力を感じたからではないかと思います。

 客観証拠のインパクトに引きずられ、当事者の声を看過することを戒める事例として、本件は実務上参考になります。

 




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