1.解雇なのか合意退職なのか?
解雇の場合、
「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」
と規定する労働契約法16条により、その効力は厳格に審査されることになります。
有期労働契約の場合には、
「使用者は、期間の定めのある労働契約(以下この章において「有期労働契約」という。)について、やむを得ない事由がある場合でなければ、その契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができない。」
と規定する労働契約法17条1項により、更に厳格に審査されます。
他方、合意退職の場合、錯誤、詐欺、強迫といった意思表示に何等かの問題が認められない限り、基本的には有効なものとして扱われます。
近時の裁判例では、
退職の意思表示を慎重に認定したり、
自由な意思に基づいて合意されたとはいえないとしたり
するなどの方法で、民法の意思表示理論とは異なる観点から合意退職の効力を問題視するものもありますが、依然として解雇の方が効力を争いやすいことに変わりはありません。
そのため、ある時点を境に稼働実体がなくなっている時、それが解雇なのか合意退職なのかが問題になることがあります。昨日ご紹介した、東京地判令7.1.31労働判例ジャーナル160-40 医療法人財団明理会事件は、この点でも参考になる判断を示しています。
2.医療法人財団明理会事件
本件で被告になったのは、複数の病院等を経営する医療法人財団です。
原告になったのは、複数の病院で勤務していた医師の方です。令和4年3月26日、
令和4年4月19日から3か月間、
祝日を除く毎週火曜の午前9時から午後5時30分まで
新型コロナワクチンの接種問診業務を行う、
という有期労働契約を締結しました(本件雇用契約)。
しかし、被告は、令和4年4月1日、原告に対し、被告病院の都合により5月以降の定期勤務を一度キャンセルしたいと告げました。
これが解雇であるとして、原告は、被告に対し、未払賃金等の支払を求める訴訟を提起しました。
この事件の被告は、
「被告は、原告に対し、令和4年4月1日、解雇の意思表示ではなく、合意解除の申入れをし、本件雇用契約は同年5月以降、解除された。」
「したがって、原告は、被告に対し、同月以降の賃金請求権を有しない。」
と述べ、解雇ではなく合意解約だと主張しました。
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、解雇の事実を認定しました。なお、本件では結論として解雇は無効だとも判示されています。
(裁判所の判断)
「被告病院の担当秘書は、同年4月1日、原告に対し、〔1〕被告病院の都合により、同年5月以降の定期勤務を一度キャンセルしたい旨、〔2〕背景としては、同年4月より使用するワクチンをDワクチンからFワクチンに変更し、同月の予約者数が多くても1日約数十名に激減したことや、ワクチンの入荷予定も未定となったため、管理者の会議で5月のワクチン実施が未定となった旨、〔3〕同年5月以降のワクチンセンターの稼働が決まり次第、連絡する旨、〔4〕今後、スポット勤務で協力してほしい旨をメールで連絡した。」
(中略)
「認定事実(5)(上記事実 括弧内筆者)によれば、被告は、原告に対し、令和4年4月1日、本件雇用契約を同年5月以降、解除する旨の意思表示をしたものと認められ、これは解雇の意思表示に当たる。」
3.あっさりと解雇と認定された
本件では以下の事実が認定されています。
「原告は、同年4月19日及び同月26日は本件雇用契約に基づき被告病院に勤務したが、同年5月10日、17日、24日、31日、同年6月7日、14日、21日、28日、同年7月5日及び12日の10日間(以下、この10日間を併せて「本件休業日」という。)は被告病院に勤務しなかった。なお、これらの日はいずれも祝日ではない火曜日である。」
しかし、原告の方で労務提供を申し出ていたのかは、判決文からは判然としません。
キャンセル申出⇒明示的な労務提供の申し出があったのかは不明という場合、合意解約なのか解雇なのか微妙なことも多いのですが、裁判所は、殆ど理由を述べることなく、解雇だと判断しました。
こうした判断の背景には、被告が、
「原告に対し、令和6年2月28日、本件休業日の休業手当として48万円(日額8万円×6割×10日分)(ただし、実際の振込額は源泉所得税を控除後の34万4400円)及び上記48万円に対する令和4年4月27日から令和6年2月28日まで年14.6%の割合による遅延損害金として12万9024円(ただし、同期間の遅延損害金より1日分少ない額)を振り込んで支払」
いをしたという事実も関係していたのかも知れません。これは労働契約の存続を自認するかのような行為であり、裁判所は、解雇無効だろうが、合意退職無効だろうが、いずれにせよ生じる法律関係は同じなので細かいことに拘る必要がないと考えたのかも知れません。
ただ、いずれにせよ、本件のような事実関係のもと、キャンセルの連絡が解雇と理解されたことは、解雇/合意解約の区別が問題になる事案に取り組むにあたり、実務上参考になるように思われます。