1.休職からの復職
私傷病休職をしていた労働者が復職をする過程で使用者と紛争になることがあります。こうした紛争の背景には、労使間の相互不信があることが少なくありません。
相互不信が生じる理由の一つに、次のような法制があります。
傷病が業務上の理由である場合、使用者には解雇制限が科せられるほか(労働基準法19条1項参照)、労働者災害補償法に基づく保険給付を受けることができます。労働者災害補償保険の保険料にはメリット制という仕組みが採られており、労災事故が発生すればするほど保険料が高くなります。このように、傷病が理由で休職を余儀なくされる場面では、会社と労働者とは利益相反の関係に立ちます。
また、業務起因性が認められる範囲は、一般に思われているほど広くはありません。例えば、ハラスメントで精神疾患を発症する例は少なくありませんが、業務起因性が認められる精神疾患は、医学的な因果関係が認められる精神疾患のうち一部でしかありません。医学的な因果関係が認められたとしても、個々人のストレス脆弱性に原因があると理解されるような場合には、業務起因性は否定されます。
私自身が見聞きする範囲で言うと、一昔前であればともかく、現代において労災隠しが行われることは、それほど多くはありません。大抵の場合、傷病に業務起因性が認められないのは、業務起因性が認められる範囲が狭く理解されていることに原因があります。
しかし、業務起因性を認めてもらえなかった労働者には、
「会社は自分達の利益を守るために傷病が業務に起因していることを認めないのではないか」
という疑念が生じがちです。
こうした疑念が休職期間中に増幅すると、疑心暗鬼に陥って、復職過程の中で会社に対して敵対的な行動をとってしまうことがあります。
しかし、復職過程で会社と対立的な関係になることは、大抵の場合、好ましい結果には結び付きません。以前、
休職からの復職にあたり主治医面談への協力を義務付ける就業規則の変更の効力 - 弁護士 師子角允彬のブログ
という記事を書き、就業規則で会社への協力義務が規定されている場合に、それに従わないことが危険であることをお話しました。
近時公刊された判例集に、ここから一方進み、就業規則で治癒の認定手続が定められていなくても、労働者には会社による治癒の認定に協力する義務があると判示された裁判例が掲載されていました。静岡地判令6.10.31労働判例1331-64 日本硝子産業事件です。
2.日本硝子産業事件
本件で被告になったのは、アンプル・バイアルの製造、品質管理、受託業務等を業とする会社です。
原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、正社員として勤務していた方です。原告の請求は多岐に渡っており、割増賃金の請求や、休職期間が経過しても復職させなかったことを理由とする地位確認請求や損害賠償請求、立替金の請求等を求めていました。
本件の原告は、
「パワハラを受けたことなどにより、潰瘍性大腸炎の悪化、末梢性めまい症、抑うつ状態などを発症し、休職せざるを得なくなった。」
「したがって、休職の原因とされた疾病は、業務に起因するものである。」
という傷病の業務起因性のほか、
「原告は、令和4年2月1日時点で、潰瘍性大腸炎について緩解状態となり、就労可能となった。」
「したがって、休職期間経過前に休職事由は消滅しており、被告は、同日時点で、原告を復職させるべきであった。」
という治癒の二段構えの主張を展開しました。
これに対し、被告は、傷病の業務起因性を否認したほか、
「原告は、被告による治ゆの認定ができるように協力する義務を負っていた。それにもかかわらず、以下のとおり、合理的な理由なく、試し勤務を拒否し、治ゆの認定をできなくさせた。」
「したがって、原告が休職から復職できなかったのは、自らの責任によるものである。」
と反論しました。
このような主張状況のもと、裁判所は、傷病の業務起因性を否定したうえ、次のとおり述べて、復職させなかったことは、債務不履行にも不法行為にもあたらないと判示しました。
(裁判所の判断)
(1)復職の要件である「治ゆ」の意義
「復職の要件である治ゆとは、原則として、従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復したときを意味し、それに達しない場合には、ほぼ平ゆしたとしても治ゆには該当しない。」
「もっとも、当初、軽作業に就かせれば、程なく通常業務に復帰できる場合には、使用者に、そのような配慮を行うことが義務付けられる場合もあるというべきである。」
「また、治ゆの認定手続が就業規則に定められていなくても、治ゆを主張する労働者には、会社による治ゆの認定ができるように協力する義務があると解すべきである。」
「したがって、正当な理由なく、そのような義務を懈怠する場合には、会社による解雇等の不利益を受けることが正当化されるときがある。」
(2)本件の検討
「被告の産業医作成の意見書・・・によれば、被告の産業医は、抑うつ状態は改善しているので、試し勤務を経て正式復職するのが望ましいという意見であったことが認められる。」
「また、前記・・・によれば、原告は、自宅待機及び在宅勤務を命じられる前から相当な日数を病気により欠勤していたこと、メニエール病、抑うつ状態及び末梢性めまい症などを訴えて、長期間にわたって休職したことが認められるから、試し勤務を命じる必要性や合理性はあったものと認められる。」
「前記のとおり、原告は、試し勤務を拒否したことに合理的理由があると主張しているものの、以下の理由から、いずれの主張も採用できない。」
「したがって、原告は、正当な理由なく、被告による治ゆの認定ができるように協力する義務を怠ったものであるから、休職から復職させなかったことについて、被告の債務不履行又は不法行為が成立するとはいえない。」
「証拠・・・によれば、原告は、休職前の令和3年8月30日付けで静岡事業所所長付に異動させられたことが認められる。そうすると、試し勤務において、静岡事業所所長付とされ、勤務場所を同所長室とされたことは、特段、不合理なものとはいえない。」
「また、原告が、休職前に、品質保証の責任者として、必要な情報の調査、精査を行い、これをまとめて整理し、被告の従業員又は取引先にアウトプットするデスクワークに従事していたことは原告も争っていない。そうすると、試し勤務の内容であるレポート作成は、デスクワークであり、原告が復職後に行うと想定される業務と同種の負荷がかかるものであったと認められる。そして、負荷の程度も、大きく軽減されたものであったといえる。」
「前記・・・のとおり、原告は、被告から、執行役員として雇用されたことが認められ、雇用契約の内容としても、薬剤師としての業務以外も業務内容となっており、職種限定合意はなかったと認められる。」
「被告は、事業所の管理権を有するから、従業員に対し、労務の提供に必要のない場所への立ち入りを制限する権限を有する。そして、原告は、当時、甲事件訴えを提起し、被告と係争状態にあったことなどからすると、必要性のない場所への入室を禁止されたことについて、必要性や合理性がなかったともいえない。」
「証拠・・・によれば、原告が、被告から、試し勤務において、昼食を作業場内で食べること、3号棟玄関の鍵を返却すること、事務所棟1階のトイレを使用することを指示されたと認められる。」
「しかしながら、前記の指示内容をもって、それ以外の場所で昼食を食べること、3号棟への自由な入室をすること、他のトイレを使用することを禁止したものであるとまでは読み取れない。前記のとおり、被告は、原告の前記主張をいずれも否定する主張をしているところ、これらの主張を排斥することのできる証拠もない。」
「上記の他に、原告が他の従業員と接触することを禁止されたと認めることのできる事情もない。」
「前記・・・の証拠によれば、原告が、被告から、試し勤務の給料を静岡県の当時の最低賃金である時給913円とすることを提案されたことが認められる。もっとも、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告が、これを断ったことから、被告は、試し勤務の給料について継続して協議することを繰り返し提案したことも認められる。これに対し、原告は、休職前に自らが使用していたパソコンの貸与など原告の要望が受け入れられない限り、試し勤務には応じられないとしたので、賃金の合意に至らなかったことも認められる。」
「試し勤務の期間も休職期間中であるから、雇用契約どおりの賃金請求権は発生しないのが原則である。そして、雇用契約の債務の本旨に従った履行ではない以上、労務の内容に応じて減額して支給されること自体は、不当なものであるとはいい難い。上記のとおり、被告の提案は、暫定的なものであったことや原告との協議に応じる意向もあったことなどからすると、上記の被告の提案を理由に、原告による試し勤務の拒否を正当化することはできない。」
「原告本人尋問の結果によれば、原告は、甲事件請求に関する証拠を集めるために、従前使用していたパソコンの試し勤務期間中における貸与を求めたことが認められる。このような原告の要求は、試し勤務の目的外のものであり、これを拒んだ被告の対応は、不合理なものではない。」
「前記・・・の証拠によれば、被告は、原告と試し勤務の内容について協議した結果、原告の要望を一部受け入れたこと、賃金については継続して協議することを繰り返し申入れるなどしたことも認められる。」
「したがって、試し勤務の内容について、原告の意向を聴くことなく、一方的に定められたものではあるとはいえない。また、前述したところによれば、原告に対する嫌がらせを目的としたものであるとも認められない。」
3.協力義務が書いてないから安全とはならない
以上のとおり、裁判所は、
「治ゆの認定手続が就業規則に定められていなくても、治ゆを主張する労働者には、会社による治ゆの認定ができるように協力する義務がある」
と労働者の協力義務の有無が就業規則の規定の有無に左右されないことを判示しました。
こうした義務が判示されたことや、現実問題会社を辞めない場合には会社と上手くやって行くほかないことからすると、やはり復職過程において会社側とむやみに対立するのは得策ではないように思います。
とはいえ、唯々諾々と何でもかんでも従わなければならないかというと、そのようなわけでもありません。実際、会社が自然退職に追い込む目的で酷な要求をしているケースも確かに存在します。そのため、その時、その時の状況に応じて、是々非々で対応を決めて行く必要があります。
しかし、これにはかなり高度な法的判断が必要になります。復職過程において会社への対応に迷うことがあったら、早目に弁護士に相談をしておくことが大切です。