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児童によるわいせつ行為の申告-私立学校が懲戒解雇しさえすれば、申告の信憑性を検証することなく教育職員免許状を取り上げるシステムが許されるのか?

1.私立学校から懲戒解雇されると教育職員免許状が取り上げられる?

 私立学校を運営している学校法人と言っても、単なる私企業でしかありません。

 いわゆるブラック企業の例を持ち出すまでもなく、濫用的な懲戒解雇権の行使が行われることは少なくありません。また、恣意的とまでは言い切れない場合であったとしても、懲戒解雇事由に係る事実の認定を誤ることは普通にあります。そのため、懲戒解雇の効力が裁判で争われ、解雇の効力が否定される例は枚挙に暇がありません。言ってみれば、私企業から懲戒解雇されたというのは、判断が適正になされていることを何ら担保するものではありません。

 しかし、私企業から懲戒解雇されただけで、公的資格を剥奪されてしまう人達がいます。具体的に言えば、私立学校の教諭・教員の方達です。

 その仕組みについて説明します。

 教育職員免許法11条1項は、

「国立学校、公立学校(公立大学法人が設置するものに限る。次項第一号において同じ。)又は私立学校の教員が前条第一項第二号に規定する者の場合における懲戒免職の事由に相当する事由により解雇されたと認められるときは、免許管理者は、その免許状を取り上げなければならない。」

と規定しています。

 要するに、私立学校の教員は、一定の事由によって解雇されたときは、教育職員免許状を取り上げられるということです。

 その一定の事由というのが「前条第一項第二号に規定する者の場合における懲戒免職の事由に相当する事由」です。

 「前条第一項第二号に規定する者」というのは、

「公立学校の教員」(教育職員免許法10条1項2号)

を意味します。

 ここから、

公立学校の教員が懲戒免職になるような事由に基づいて懲戒解雇されてしまった場合、私立学校の教員であっても教育職員免許状を取り上げられる、

というルールが導かれます。

 児童生徒に対するわいせつな行為は、公立学校の教員であれば懲戒免職になる事由の一つです。そのため、児童生徒に対してわいせつな行為をした私立学校の教員も、懲戒解雇されれば、教育職員免許状を取り上げられることになります。

 このルールは、それだけを聞けば、別に変なことではないように聞こえます。

 しかし、問題は、私立学校を運営する学校法人(一私企業)が、児童生徒に対するわいせつ行為の存否を適切に認定できるのかです。

 一般論として、わいせつ行為の認定は、それほど簡単ではありません。セクシュアル・ハラスメントと同じく、密室で行われたり、物的証拠が乏しかったりすることが少なくないからです。この場合、判断者は児童生徒の供述だけを手掛かりに事実認定をすることになります。

 児童生徒だから嘘をつかない・虚偽の性被害を申告する人はいないというのは素朴すぎる話で、人の話を聞く時には、意図的な虚偽の可能性を常に意識しておかなければなりません。しかし、真実と意図的な虚偽とを見抜くことは、訓練を受けた法律家であったとしても容易ではなりません。特に、時間が経過してからの性被害の報告など、被害申告者の供述が曖昧模糊としている場合は猶更です。虚偽だから具体的なことを言えないのか/記憶の減退や心理的な問題などが理由で具体的なことを言えないのかの見極めが難しいからです。

 実務的にも、児童生徒からわいせつな行為をしたと告発され、懲戒解雇された教員の方が「事実無根だ」と争うケースは一定数あります。

 本日のテーマは、懲戒解雇された私立学校の教員の方が、事実無根だと言って学校法人側と係争している最中に、教育職員免許状を取り上げることが許容されるのかということです。

2.行政実務:わいせつ行為が行われていようがいまいが免許は取り上げる

 行政実務は、これを肯定し、取上げを強行しています。それ自体は別段否定しませんが、問題は「わいせつ行為が行われていようがいまいが関係なく取り上げる」という立場を取っていることです。

 懲戒解雇の効力を争ってわいせつな行為をしていないと判断されれば教育職員免許状を返還するが、取り敢えず免許状は取り上げるという運用です。

 しかし、教育職員免許状の取上げには、非常に強いインパクトがあります。

 先ず、教育職員免許状が取り上げられると、データベース登録されます。

 教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律15条に、

「国は、特定免許状失効者等の氏名及び特定免許状失効者等に係る免許状の失効又は取上げの事由、その免許状の失効又は取上げの原因となった事実等に関する情報に係るデータベースの整備その他の特定免許状失効者等に関する正確な情報を把握するために必要な措置を講ずるものとする。」

「都道府県の教育委員会は、当該都道府県において教育職員の免許状を有する者が特定免許状失効者等となったときは、前項の情報を同項のデータベースに迅速に記録することその他必要な措置を講ずるものとする。」

という規定がありますが、これに基づくデータベースです。

 文部科学省の通達により、

「教育職員を任命又は雇用しようとするときは、法第15条第1項に基づき国が整備し、令和5年4月1日より稼働しているデータベースの活用が義務付けられている」

ため(教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する基本的な指針(令和4年3月18日策定、令和5年7月13日改訂)、学校が教師を任用・雇用しようとする時には、必ずデータベースへの照会が行われます。つまり、教育職員免許状を取り上げられた人が、教師として稼働しながら、懲戒解雇の効力を争ったり、免許状の取上げの効力を争ったりすることはできません。一般の私企業であれば、同業他社で就労しながら懲戒解雇の効力を争うことができますが、教員の場合、そうは行きません。

 また、教育職員免許状が取り上げられた場合、

「免許管理者は、この章の規定により免許状が失効したとき、又は免許状取上げの処分を行つたときは、その免許状の種類及び失効又は取上げの事由並びにその者の氏名及び本籍地を官報に公告するとともに、その旨をその者の所轄庁及びその免許状を授与した授与権者に通知しなければならない。」

と規定する教育職員免許法13条に基づいて、取上げの事由(わいせつ行為など)と実名が官報で公告されます。裁判で係争中とはいっても、児童へのわいせつ行為を理由として懲戒解雇された教員を雇ってくれる会社は珍しく、一般私企業への転職も大きく阻害されます。

 もちろん、裁判で争ってわいせつ行為が認められないと判断されれば、教育職員免許状は戻ってきますが、官報公告された事実は消えませんし、裁判に勝ったところで再就職が阻害されることは指摘するまでもありません。

 「わいせつ行為の有無は行政として判断しない、わいせつ行為があろうがなかろうが取り敢えず教育職員免許状は取り上げる」という行政実務には、憲法上の疑義(職業選択の自由の侵害)すらあるのではないかと思っていたのですが、近時公刊された判例集に、このような行政実務を否定する裁判例が掲載されていました。横浜地判令6.11.6労働判例1330-25 神奈川県・県教委(A学園)事件です。

3.神奈川県・県教委(A学園)事件

 本件で原告になったのは、私立学校で教諭をしていた方です。

 平成28年度に女子生徒に対してキスをしたうえ性的な関係を求めることをほのめかしたことなどを理由に、令和3年9月5日付けで懲戒解雇されたことを受け、キス等の事実の存在を争い、懲戒解雇は無効だと主張し、学校法人を相手取り地位確認等を求める訴えを提起しました。行為と懲戒解雇との間に時間的な隔絶があるのは、女子生徒から学校に対する申告が令和2年8月21日に行われたという経緯があります。

 このようにキス等の行為が民事訴訟で争われていたにもかかわらず、神奈川県教育委員会は教育職員免許状の取上げを強行しました。

「免許状の取上げに際し、免許管理者が、当該教員が懲戒免職事由に相当する行為をしたか否かを改めて審査することは求められいない」(わいせつ行為が行われていようがいまいが関係ない。懲戒解雇された以上は免許状は取り上げる)

というのが神奈川県教育委員会の主張の骨子です。

 これに対し、教育職員免許状の取上処分の取消を求め、原告の方が神奈川県教育委員会を被告とする訴訟を提起したのが本件です。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、この理解を否定したうえ、わいせつ行為も認められないとして、教育職員免許状の取上処分を取消しました。

(裁判所の判断)

「法11条1項は、私立学校等の教員が、懲戒免職の処分を受けた公立学校の教員の場合における懲戒免職の事由に相当する事由により解雇されたと認められるときは、免許管理者は、その免許状を取り上げなければならない旨規定しているところ、本件においては、免許管理者が同規定に基づき免許状取上げの処分をするための要件として、私立学校等の教員が懲戒解雇されたこと及びその懲戒解雇事由が公立学校の教員の場合における懲戒免職の事由に相当する事由であることに加えて、当該懲戒解雇事由(公立学校の教員の場合における懲戒免職の事由に相当する事由)に該当する事実が存在することが必要であるかどうかが争われている。」

「免許状取上げの処分は、公立学校の教員の場合における懲戒免職の処分と同様、私立学校等の教員の免許状の効力を失わせるものであるところ(法10条1項2号、11条4項)、公立学校の教員に対して懲戒免職の処分をする場合、懲戒免職の事由に該当する事実の存否が判断され、免許状取上げの処分に係る聴聞において、当該聴聞の当事者は、聴聞の期日に出頭して意見を述べ、証拠書類又は証拠物(以下「証拠書類等」という。)を提出し、又は聴聞の期日への出頭に代えて、陳述書及び証拠書類等を提出することができ(行政手続法20条2項、21条1項)、利害関係人も証拠書類等を提出することができる(法12条)。これと対比すれば、私立学校の教員の免許状取上げの処分に係る手続においても、公立学校の教員の場合における懲戒免職の事由に相当する事由に該当する事実の存否について、審理、判断することが想定されているといえる。私立学校の教員の免許状取上げは、教員に対する不利益処分であるから、免許管理者は聴聞の手続を執る必要がある(行政手続法13条1項1号、法12条)が、仮に、公立学校の教員の場合における懲戒免職の事由に相当する事由に該当する事実の存否が審理、判断の対象ではないとすれば、聴聞手続において、被処分者の弁明を聴く実質的意義はないに等しいこととなり、聴聞手続を執る必要があるとされていることと整合しない。」

「他方、免許状取上げの処分を受けた者は、教員として稼働することができなくなり、懲戒免職の処分を受けて免許状が失効した公立学校の教員と同様、処分の日から3年を経過するまで、免許状の再授与を受けることもできない(法5条5号)。また、免許状取上げの処分を受けた者は、法13条1項及び法施行規則74条の2に基づき、免許管理者により氏名及び取上げの事由等が官報に公告され、被処分者のうち処分事由が学校に在籍する生徒等にわいせつな行為をしたことである者は、教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律に基づき、氏名、取上げの事由及び取上げの原因となった事実等に関する情報に係るデータベースに記録されることとなる。このように、免許状取上げの処分の効力及び影響は重大であり、懲戒免職の処分を受けた公立学校の教員と異なるところもないから、公立学校の教員の場合と同様、当該懲戒解雇事由(公立学校の教員の場合における懲戒免職の事由に相当する事由)に該当する事実が存在することについても、免許状取上げの処分に係る手続において、慎重に審理判断する必要性があるというべきである。」

「法11条1項は、平成14年法律第55条により旧法11条が改正されたものである(別紙「関係法令の定め」1及び2参照)。そして、証拠・・・によれば、その改正の趣旨は、教員に対する信頼の確保を図る観点から、免許状の失効及び取上げに係る措置を強化するためであることが認められる。しかし、立法関係の資料・・・をみても、その趣旨に、私立学校等の教員が懲戒解雇された場合、免許管理者において、当該懲戒解雇に係る懲戒解雇事由に該当する事実の存否を審査、判断することなく、当該教員の免許状を取り上げることまでを含むものとは解されない。」

以上において検討したところによれば、免許管理者が法11条1項に基づき免許状取上げの処分をするには、当該免許状を有する者が懲戒解雇されたこと、その懲戒解雇の事由が公立学校の教員の場合における懲戒免職の事由に相当する事由であることのみならず、当該懲戒解雇の事由に該当する事実が存在することが必要であると解するのが相当である。

(中略)

「上記・・・によれば、本件各対象行為のうち、本件対象行為1ないし3、5及び6の存在は認められるところ、それらの行為が高等学校の教員として適切なものであるかどうかはさておき、その内容からすれば、本件指針におけるわいせつな行為には当たらない。」

「また、原告と生徒A及び生徒Bが同じ学校の教員と生徒の関係にあったことや、両生徒の年齢等を考慮しても、本件対象行為1ないし3、5及び6がセクハラに該当するということもできない。」

「なお、被告は、本件対象行為4(筆者注:生徒Aに対し、手を握り、キスをし、性的な関係を求めることをほのめかした行為)の存在を前提に、本件対象行為1ないし3、5及び6について、生徒A及び生徒Bのいずれに対しても全体として『わいせつな行為等』に相当するか、これに密接不可分の関係にある行為等である旨主張するが、上記2のとおり、本件対象行為4の存在は認めるに足りないから、被告の主張は、その前提を欠く。
 したがって、本件対象行為1ないし3、5及び6は、公立学校の教員の場合における懲戒免職の事由に相当する事由に当たるとはいえない。」

(中略)

「以上によれば、原告については、法11条1項の免許状の取上げの要件を欠くから、同要件を満たすことを前提として本件免許状を取り上げる内容の本件処分は、違法である。」

4.行政は実務を改めるべきではないか

 以上のとおり、裁判所は、事実の存在とは関係なく教育職員免許状を取り上げることができるとする行政解釈を否定しました。

 人権感覚に合致する適正な判断であり、この判決を機に行政は解釈や運用を改めるべきではないかと思います。

 




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