1.転職時に前職の年収を聞かれたら・・・
転職する時、前職の年収を聞かれることは少なくありません。
これは、勤務先において、転職者の年収を決めるにあたっての参考にするためだと思われます。
それでは、年収を聞かれた時、前職の年収を盛ることは、どこまで許容されるのでしょうか?
直観的に年収100万円の人が前職の年収を1000万円だったということには問題がありそうです。しかし、年収900万円だった人が前職の年収を「大体1000万円くらいだった」「約1000万円だった」というのは、駆け引きの問題として許容されそうにも思います。
そう考えると、どこかに違法・適法のラインがありそうにも思われますが、近時公刊された判例集に、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が掲載されていました。東京地判令6.11.27労働判例ジャーナル159-50 Aston Martin Japan事件です。
2.Aston Martin Japan事件
本件で被告になったのは、イギリスに本社を置く自動車メーカーの日本法人です。
原告になったのは、被告との間で年俸を990万円とする期間の定めのない雇用契約を締結していた方です。被告から経歴詐称等を理由として解雇されたことを受け、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。
解雇の理由について、被告は、次のような主張をしました。
(被告の主張)
「本件解雇及び本件予備的解雇の理由は、原告が提出書類に偽りの記載をし、また虚偽の申告をしたことである。具体的には、〔1〕英国籍であるにもかかわらず、日本国籍であると偽ったこと、〔2〕前職における年間給与総額が約600万円にすぎないのに、約700万円であると述べたこと、〔3〕経歴書・・・に前職における地位(役職)が『デジタルプロジェクトマネージャー』であると記載したこと、〔4〕前職において、秘密情報の持出しを行っていたにもかかわらず、その事実を否認する本件誓約書を提出したことである。」
(中略)
「転職者を採用する側にとって、転職者の前職での年収及び地位(役職)はその能力等の重要な指標となる情報である。原告は、年収を約100万円多く偽った上、前職において課長職相当の地位(役職)に就いていなかったにもかかわらず、経歴書に『ブランド戦略CX部-デジタルプロジェクトマネージャー』と虚偽の記載をしたものであり、重大な経歴詐称である。」
(中略)
「被告の就業規則第7条2項において、採用選考時又は採用決定時の提出書類に偽りの記載をすること及び試用期間中に必要書類を提出しないことは、試用期間中の者が被告の従業員として不適格であることを根拠付ける行為とされている。」
「したがって、原告の行為は、就業規則7条2項5号に該当し、本件解雇には客観的に合理的な理由があり、かつ社会通念上も相当であるから、有効である。」
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、解雇の効力を否定し、地位確認請求を認容しました。
(裁判所の判断)
「被告は、本件解雇の理由として、原告が、〔1〕英国籍であるにもかかわらず日本国籍であると偽ったこと、〔2〕前職における年間給与総額が約600万円にすぎないのに約700万円であると述べたこと、〔3〕経歴書・・・に前職における地位(役職)が『デジタルプロジェクトマネージャー』であると記載したこと、〔4〕前職において秘密情報の持出しを行ったにもかかわらず、その事実を否認する本件誓約書を提出したことを主張することから、これらが客観的合理的な理由に当たるか検討する。」
「ア〔1〕国籍について」
「日本国籍を有することは原告の採用条件となっておらず、また採用過程において、被告が原告に対して国籍を確認したり、原告が自ら日本国籍であると被告に告知したと認めるに足りる的確な証拠はない。したがって、原告が国籍を偽ったとする被告の主張は理由がない。」
「イ〔2〕年収について」
「認定事実及び証拠・・・によれば、原告は、Cにおける直近の年収は約600万円であったところ、令和5年2月7日、被告に対し、D社を介して、直近の年収が700万円である旨を伝えたことが認められる。」
「原告は事実と異なる年収を被告に伝えたものであるが、被告の採用過程において年収700万円という事実が重視されていたとはうかがわれず、またその金額の差異も大きいものでないことからすると、被告における原告の採否の判断を誤らせるほどの重要な事実とはいえず、この点をもって直ちに解雇につながる事由であると評価することはできない。」
「ウ〔3〕前職における地位(役職)について」
「認定事実によれば、原告は被告に応募するにあたり、Cでの地位をデジタルプロジェクトマネージャーと記載した経歴書を提出したものであるところ、これCの正式な職制・地位等として存在するものとは認められない。」
「他方で、証拠(証人F、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、Cにおいてプロジェクトマネージャーという呼称が存在し、原告がかかる呼称で呼ばれることがあったとうかがわれる。」
「そして、採用過程において、被告は、原告が提出した経歴書に基づき、合計4回の面接を実施しており、かかる面接では、毎回1時間程度の時間がとられ、原告に対し、これまでの経歴やCでの業務内容について質問が行われたり、これまでの実務経験や専門知識に基づくプレゼンテーションを行わせるなどしており、被告の求める水準に見合う能力を原告が有するか否かの見極めが行われたものと認められる。そしてかかる過程において、被告が原告に対してCにおける地位や役職を確認したと認めるに足りる証拠はなく、原告がCにおいて課長職以上の管理職であることを自ら被告に説明したともうかがわれない。」
「そうすると、原告がCでの地位をデジタルプロジェクトマネージャーと記載した経歴書を提出したことは、それ自体が経歴詐称と評価できるか疑問である上、被告は、原告を採用するにあたり、原告がCにおいて課長職以上の管理職であることを重視していたとは認められず、むしろ、面接を通じて原告の有する実務経験や能力が被告の求める水準に見合うと判断されたことが決め手となったものというべきであるから、この点をもって直ちに解雇につながる事由であると評価することはできない。」
(中略)
「以上によれば、被告が本件解雇の理由として主張する事実は、いずれも就業規則7条2項5号に該当すると評価することはできず、仮に該当すると評価するとしても、これらをもって直ちに解雇につながる事由であるとはいえないから、本件解雇は客観的に合理的な理由があるということはできない。」
3.600万円⇒700万円の差は許容された
採用過程において前職の年収が重視されていたとはいえない事案でしたが、裁判所は、年収約600万円を700万円としたことについては、
「その金額の差異も大きいものでない」
と評価しました。
裁判所の判断は、前職の年収を盛ったことが問題視された事案に対処するにあたり、実務上参考になります。