1.労働者と業務受託者
労働者は労働基準法をはじめとする労働関係法令の保護を受けます。
これに対して、業務委託契約を交わして業務を遂行する個人事業主(フリーランス)は、労働関係法令の保護を受けることができません。個人事業主を保護するための仕組みとして、「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」という法律はあります。しかし、個人事業主は飽くまでも事業主であり、労働者ほど強力な保護が与えられているわけではありません。
労働者が保護されるということは、裏を返すと、使用者の自由が制約されているということです。こうした制約を嫌い、近時、一部使用者の間で従業員との間の契約を、労働契約から業務委託契約へと切り替えようとする動きがあります。
こうした動きは加速する傾向にあり、それにつれて、切り替え合意の成否や効力が争われる事案も増えています。近時公刊された判例集に掲載されていた、大阪地判令6.11.27労働判例ジャーナル158-12 トラベルプランニングオフィス事件も、そうした事案の一つです。
2.トラベルプランニングオフィス事件
本件で被告になったのは、
イベントの企画、立案、手配、運営、旅行業法に基づく旅行業等を目的とする有限会社(被告会社)
被告会社の代表取締役(被告B)、
被告会社の従業員(被告C)
の三名です。
原告になったのは、被告との間で労働契約を締結していた方です。労働契約から業務委託契約に切り替える合意の存在を争い賃金の支払等を求めるとともに、パワーハラスメントを受けたことを理由に損害賠償を請求した事件です。
本日、注目したいのは、労働契約から業務委託に切り替える合意の成否に関する判断です。
裁判所は、次のとおり述べて、切り替え合意の成立を否定しました。
(裁判所の判断)
「原告は、令和3年11月頃に被告会社から出来高報酬による業務委託契約への変更を申入れられたものの、これに同意していないから、原告と被告会社との間で本件労働契約を業務委託契約に切り替える合意があったとは認められない。」
「すなわち、労働契約から出来高報酬による業務委託契約への切り替えは契約形態の重要な変更であるにもかかわらず、原告と被告会社との間で契約書その他の合意内容に関する書面は作成されていない。」
「また、原告と被告Cとの間のLINEのやりとり・・・をみても、原告は『取り合いみたいなことは死んでもしたくない。』などと被告Cから提案された出来高報酬制に対して拒否的な反応を示しているほか、被告Cから説明された出来高の算定方法について、『それなら不公平になる可能性がある。』『それを全てまとめて表にして公表すべき。』『これが解決できないじゃないですか?』『そこはきちっと分けるべきだ。』などと意見を述べており、出来高の算定方法にも同意できない旨の意思を示している。なお、LINEの中には、被告Cが『ボーナスに関しては基本的には新賃金体系で引き直した時に固定給の額を上回るぐらいに頑張ってたら出す感じにしようと思ってる』と送ったのに対し、原告が『了解です。』と返したやりとりがあるが、これは原告が被告Cの賞与についての考え方に異論がない旨を述べるにとどまり、これを超えて業務委託契約への変更自体に同意する趣旨であると解することはできない。」
「また、原告は令和4年1月から同年3月までの期間、顧客からの入金額から被告会社が設定した業務委託契約の出来高報酬の基準に則った自己の取り分に相当する額を差し引いて、被告Cの口座に送金しているところ、これは令和3年8月以降の給与の不払や経費の立替金の精算の遅れによって被告会社との信頼関係が悪化したために、給与を確保するための手段としてされたものと認められるから・・・、上記行動をもって、原告が出来高報酬による業務委託契約への切り替えに同意したものと推認することはできない。」
「以上によれば、原告と被告会社との間で本件労働契約を出来高報酬による業務委託契約に切り替える旨の合意が成立した事実は認められない。」
3.諾成契約とは言うが・・・
当事者間の合意のみで成立する契約を「諾成契約」といいます。これに対し、書面の作成など一定の形式を踏む必要がある契約を「要式契約」といいます。
契約の多くは「諾成契約」であり「要式契約」は例外的です。雇用にしても、業務委託契約にしても、諾成契約であり、口約束でも契約は成立します。
しかし、理論上の問題と、事実認定論は、必ずしもリンクしていません。例えば、不動産売買契約について言うと、購入に前向きな言動をとっていたとしても、実際に契約書を取り交わすまでの間は、「契約成立に向けた交渉段階にあったにすぎない」などという理屈で、契約の成立が認められないことが少なくありません。
労働契約を業務委託契約に切り替えるといった合意も、その意味の大きさを考えれば、書面が作成されていて然るべき合意です。本件の裁判所も、書面の不作成を指摘したうえ、切り替えを前提とするかのような行為がとられていても、切り替え合意は成立していないと判示しました。
個人的な感覚に照らすと、口約束はそれほど強い合意ではありません。法的な効力を認められるほどの強度がないという言い方ができるかも知れません。済し崩し的に不本意な合意を押し付けられている場合、書面等が作成されていなければ、何とかなるケースは、それなりにあります。労働契約から業務委託契約への切り替えにあたり強度の不利益性が伴われているケースでは、合意の事実自体が認められても、その効力を問題にできることもあります。
不本意な切り替えを強いられている方は、何とかならないものかと、一度、弁護士に相談してみても良いかも知れません。