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出産手当金を受給できなかったことが損害として認められた例

1.出産手当金

 労働基準法65条1項2項は、

「使用者は、六週間(多胎妊娠の場合にあつては、十四週間)以内に出産する予定の女性が休業を請求した場合においては、その者を就業させてはならない。」

「② 使用者は、産後八週間を経過しない女性を就業させてはならない。ただし、産後六週間を経過した女性が請求した場合において、その者について医師が支障がないと認めた業務に就かせることは、差し支えない。」

と規定しています。1項を産前休業といい、2項を産後休業といいます。

 産前産後休業中の賃金は発生しないのが原則です(ノーワーク・ノーペイ)。

 それでは、この期間、どのように生活するのかというと、出産手当金という仕組みが設けられています。これは

「被保険者が出産したときは、出産の日・・・以前四十二日・・・から出産の日後五十六日までの間において労務に服さなかった期間、出産手当金を支給する。」

と規定する健康保険法に根拠のある制度です(健康保険法102条1項)。こうした仕組みによって、産前産後期間中の生活は支えられています。

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000174135.pdf

 条文を参照すれば分かるとおり、出産手当金は健康保険の被保険者資格と結びついています。健康保険の原則的な被保険者は、「適用事業所に使用される者及び任意継続被保険者をいう」とされています(健康保険法3条1項参照)。

 それでは、産前産後休業に係る期間中に違法解雇されてしまい、被保険者から除かれてしまった労働者は、受給できなかった出産手当金相当額を損害賠償として請求することができるのでしょうか?

 読者の中には請求できて当たり前だと思われる方がいるかもしれません。しかし、これは自明のことではありません。なぜなら、

解雇が違法無効⇒被保険者資格は喪失されていない⇒出産手当金を請求する権利は生きている⇒損害は発生していない、

という論理展開が成り立つからです。

 近時公刊された判例集に、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令6.10.16労働判例ジャーナル158-38 aidea事件です。

2.aidea事件

 本件で被告になったのは、電動バイクの部品輸入、組立て、販売等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、英国国籍の女性です。被告と労働契約を交わし、元々東京に居住して被告本社で勤務していました。被告から解雇扱いされたことを受け、解雇の意思表示の不存在を主張し、地位の確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の特徴の一つは、原告が妊娠していたことです。

 そのため、本件の原告は、出産手当金相当額を逸失したことを理由とする損害賠償を併合して請求していました。

 これに対し、被告側は、

「仮に本件解雇がなかった又は無効であるとしても、原告の地位確認請求が認容されれば、出産手当金の受給が可能になるから損害がない。」

と反論しました。

 裁判所は、解雇の意思表示がなかったと判示したうえ、次のとおり述べて、出産手当金相当額の損害賠償請求を認めました。

(裁判所の判断)

「被告が原告に対して本件解雇をしたとは認められないから、被告が本件解雇を前提とする本件資格喪失手続を行ったことは違法であり、不法行為に当たる。そして、被告が本件資格喪失手続を行っていなければ、原告は、出産手当金として135万0440円を受給することができたものと認められ・・・、これは、上記不法行為と相当因果関係のある損害と認められる。」

なお、被告は、原告の地位確認請求が認容されれば、出産手当金の受給が可能になるから損害がない旨主張する。

しかしながら、健康保険法193条により保険給付を受ける権利は、その行使が可能な時から2年を経過したときに時効消滅するものとされ、出産手当金については、分娩の日以前42日から分娩の日後56日までの間において労務に服することができなかった日が支給対象となる(同法102条1項)ところ、原告が出産したのは令和4年○月○○日であるから、いずれにしても既に権利行使が可能な時から2年を経過しているものと解され、原告の地位確認請求が認容されても出産手当金の受給が可能になるとはいえない。

したがって、被告の上記主張は採用できない。

3.時効期間徒過の場合、損害賠償請求が認められる

 以上のとおり、裁判所は、出産手当金が時効にかかっていることを理由に損害賠償請求を認めました。

 労働訴訟は第一審判決が言い渡されるまでの間に2年以上かかることも珍しくありません。こうした場合には、損害賠償請求の併合を失念しないよう、注意することが必要です。

 




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