1.作成者不利の原則
「契約条項の意味に疑いがある場合において・・・契約条項を作成しまたは使用した者に不利な解釈がとられるべきとする準則」を「作成者不利の原則(条項使用者不利の原則)」といいます(奥田昌道ほか編『法学講義民法 総則』〔勁草書房、第3版、平30〕82頁参照)。
簡単に言うと、
契約条項の趣旨が不明瞭で、幾通りかの解釈がある場合、それを作った方に不利な解釈を採用する、
ということです。企業が作成した約款が用いられる消費者契約の場面で議論されることが多い契約解釈のルールですが、この原則は多くの人の法感覚にも合致しているのではないかと思います。
就業規則は、民法に規定されている「定型約款」ではありませんが(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第3版、令5〕194頁)、作成者不利の原則のような法解釈上の準則が採用されることは有り得るのでしょうか?
近時公刊された判例集に、この観点から興味深い裁判例が掲載されていました。大阪地判令6.11.7労働判例ジャーナル158-26 日本経営通信社事件です。
2.日本経営通信社事件
本件で被告になったのは、出版印刷業等を目的とする株式会社(被告東京)と税務、経営に関する出版業等を目的とする株式会社(被告大阪)の二社です。いずれも名称は同一で、共通のホームページを用いており、ホームページ上、被告東京は東京本社と、被告大阪は大阪本社と呼称されていました。
原告になったのは、被告らとの間で労働契約を締結していた方です。
本件の原告は、
定年時(60歳・平成18年に到来)に退職しない旨の黙示の合意があったため、被告らを退職した令和4年10月20日まで一貫して稼働していたことを前提とする未払退職金の支払を請求するとともに(主位的請求)、
仮に定年退職していたとしても、再雇用期間に係る未払退職金を支払えとする訴えを提起しました(予備的請求)。
本日、注目したいのは、予備的請求についてです。
予備的請求を行うにあたり原告が用いたロジックは、次のとおりでした。
(原告の主張)
「本件退職金規程には定年後の再雇用契約の場合を支給対象から除外するとの条項はないから、定年後の再雇用契約の場合にも退職金規程は適用される」
これに対し、被告は、
「本件就業規則には再雇用に関する規定などはなく、就業規則は定年退職するまで在職している間に適用されるものである」
と反論しました。
裁判所は、次のとおり述べて、原告への退職金規程の適用を認め、予備的請求の一部を認容しました(なお、主位的請求は棄却されています)。
(裁判所の判断)
「本件退職金規程は、適用対象者の範囲について本件就業規則の規定を準用しているところ(3条)、本件就業規則は、無期労働契約により採用された職員及び嘱託その他有期の契約により採用された者を適用範囲としており(後者については採用時に特に定めた事項を除く。)(2条)、定年後再雇用の職員を適用対象外とする定めはない。そして、原告は、定年後再雇用された際に期間を定めて採用されていないから、本件就業規則の適用対象者に文言上当てはまる。」
「また、原告が再雇用後も期間の定めなく定年前と同様の業務内容及び労働条件で約16年間にわたって継続して就労しており、被告らの雇用管理上、定年前の職員と区別されていなかったことがうかがわれるところ、本件退職金規程による退職金が賃金の後払い又は功労報奨としての性質を有するものと解されることや、労働基準法89条3号により使用者は就業規則において退職手当の適用される労働者の範囲に関する事項を定めることとされていることに鑑みると、本件において本件退職金規程の適用範囲を限定して解釈することが合理性であるとはいえない。」
「これらの事情からすれば、本件退職金規程は定年後の再雇用契約にも適用されるものと解するのが相当である。」
(中略)
「上記認定の原告が退職に至った経緯に照らすと、原告は被告大阪の事実上の閉鎖に伴って退職を余儀なくされたものといえるから、退職事由は本件退職金規程2条3号『会社の業務上の都合により解職された場合』に準じたものとして、退職金を計算するのが相当である。」
「また、上記認定事実によれば、原告は、令和4年1月から同年10月までの期間に、被告大阪から合計220万円の給与の支払を、被告東京から合計121万5000円の給与の支払を受けていたから、被告大阪からの給与が月額22万円、被告東京からの給与が月額12万1500円であったと推計され、合計額は34万1500円となる。」
「これを前提に、本件退職金規程に基づいて原告の再雇用後の退職金を計算すると、別紙4のとおり、退職金額は500万9805円となる。」
3.定年後再雇用者に退職慰労金規程を設けている企業は多くないと思われるが・・・
定年後再雇用制度が採用されている企業では、60歳定年時に一旦退職金を支払い、定年後再雇用の対象者については退職金支給の対象としていない企業が多いのではないかと思います。
しかし、裁判所は、
「定年後再雇用の職員を適用対象外とする定めはない」
「原告は、定年後再雇用された際に期間を定めて採用されていないから、本件就業規則の適用対象者に文言上当てはまる」
などとして、原告への退職金規程の適用を認めました。
就業規則の解釈における作成者不利の原則の採否や、定年後再雇用者の退職金請求の可否を考えるうえで、本裁判例は実務上参考になります。