1.勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの・・・
懲戒解雇される場合、退職金を不支給とされることが少なくありません。
しかし、退職金の不支給は無条件に認められるわけではありません。
退職金の法的性質は企業毎に様々ですが、賃金の後払い的な性格が付与されている場合、「退職金を不支給又は減額支給することができるのは、労働者の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為があった場合に限られる」と理解されています。実際、多くの裁判例も、「退職金不支給・減額条項が適用される場合を上記のような著しく信義に反する行為があった場合に限定して解釈」しています(以上、佐々木宗啓ほか『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕589頁参照)。
こうした状況の中、令和3年に退職金不支給の可否を、
「懲戒処分のうち懲戒解雇の処分を受けた者については、原則として、退職金を不支給とすることができると解される。ただし、懲戒解雇事由の具体的な内容や、労働者の雇用企業への貢献の度合いを考慮して退職金の全部又は一部の不支給が信義誠実の原則に照らして許されないと評価される場合には、全部又は一部を不支給とすることは、裁量権の濫用となり、許されないものというべきである。」
と判示した東京高裁の裁判例が出現し、注目を集めました(東京高判令3.2.24労働経済判例速報2463-22 みずほ銀行事件)。この裁判例は、退職金の不支給を「原則」として位置付けたほか、
「第1審原告は、退職金全額を不支給とするには、当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることが必要であると主張する。しかし、勤続の功績と非違行為の重大さを比較することは、一般的には非常に困難であって、判断基準として不適当である。」
と述べ、実務の流れとは整合的でない判断をしていました。
懲戒解雇と退職金-「これまでの功労を抹消・減殺するほどの背信行為」との規範の否定例 - 弁護士 師子角允彬のブログ
その後、この東京高裁の判断が与える影響の有無が気になっていたのですが、近時公刊された判例集に従前通りの規範を用いて退職金の不支給の可否を判断した裁判例が掲載されていました。東京地判令6.10.22労働経済判例速報2579-3 マニュライフ生命保険事件です。
2.マニュライフ生命保険事件
本件で被告になったのは、生命保険会社です。
原告になったのは、被告で保険営業の業務に従事していた方です。名義借契約(契約者又は被保険者等に保険契約の加入意思、保険料支払意思が無いにも関わらず、契約者又は被保険者から名義使用の了承を得ること)を行ったとして懲戒解雇され、退職金を支給されなかったことを受け、解雇の効力を争い、退職金の支給等を請求する訴えを提起したのが本件です。
裁判所は、懲戒解雇を有効とする一方、次のとおり述べて、原告の請求を一部認容しました。
(裁判所の判断)
「本件退職金不支給条項は、懲戒解雇された者には退職金を支給しない旨定める条項であるが、退職金には、賃金の後払い的性格があり、労働者の退職後の生活を保障する役割を果たすものであるから、労働者に対し、退職金を不支給とするためには、単に退職金不支給条項に該当する事実が存するのみでは足りず、労働者にそれまでの勤続の功を抹消又は減殺するほどの著しい背信行為があったことを要するというべきであり、本件退職金不支給条項についても、前記のような趣旨を定める限りで有効な不支給事由を定める条項と解されるものというべきである。」
「なお、被告は、旧退職金制度は、原告を含むP3から被告に転籍した職員について、P3での勤務期間も考慮して退職金を算定するものであって、P3から転籍した職員に対して恩恵的な趣旨を含むものであったところ、新退職金制度においても、フロア保障額という形で、その恩恵的な趣旨を引き継いでいる旨主張する。」
「確かに、フロア保障額という制度を通じて、原告を含むP3から被告に転籍した被告の職員に対しては、P3での勤務期間も退職金額算定の考慮要素とすることにより、一定の優遇措置が取られていることが認められる。具体的には、旧退職金制度において、勤続年数は、P3での勤続年数も通算することとされており・・・、そのことによって、被告での勤続年数のみを考慮する場合と比較して、退職金の額が増額となるものと考えられる(弁論の全趣旨)。その意味で、本件の退職金における、賃金の後払い的性格は、若干、弱まるものというべきである。しかしながら、P3での勤続年数を通算するとしているものの、それを被告における勤続年数と全く同様に扱うわけではなく,算定した額のうち被告での勤続年数に相当する部分のみを退職金の額とするのであるから・・・、優遇の程度は、さほど大きいものとはいえず、本件の退職金における賃金の後払い的性格が否定されるものではない。」
「そこで検討するに、前記・・・記載の事情に照らすと、原告の本件懲戒解雇に係る懲戒事由に当たる行為は、原告のそれまでの勤続の功を一定程度減殺する悪質性があるものといわざるを得ない。被告は、監督官庁に本件生命保険契約に係る名義借契約について、不祥事件として届出をしており、被告の社会的な信用を棄損する事態となっていることや、原告が、一旦は名義借契約を認める趣旨の言動をしておきながら・・・、その後、それを一転させ、全面的に否定する態度に転じ・・・、これにより、被告をして、原告の不適切な行為に対する対応に、相応な負担を生じさせていることも、軽視することはできない。」
「他方、原告は、本件懲戒解雇以外に被告から懲戒処分を受けたことはなかったこと、本件における名義借契約は、本件生命保険契約に係る1件のみであることなどを考慮すると、原告のそれまでの勤続の功を全て抹消するほどの著しい背信行為があったとまではいうことはできない。」
「そうすると、本件退職金不支給条項は、原告の退職金の7割を超えて不支給とする限りで無効であると解すべきであり、原告は、原告に支給されるべきであった退職金999万7000円の3割である299万9100円については、退職金請求権を失わない。」
3.みずほ銀行事件の影響はなさそう
上述のとおり、裁判所は、
「それまでの勤続の功を抹消又は減殺するほどの著しい背信行為があった」
か否かという従来の裁判例の流れに沿った規範を用いました。
みずほ銀行事件の存在は、気にされている様子もありませんが、これが孤立した高裁判例として埋もれてくれるのかは、引き続き注視して行く必要があります。