1.労使慣行の変更
一定の厳格な要件をクリアした労使慣行には、法的な拘束力が認められます。これは、民法92条が、
「法令中の公の秩序に関しない規定と異なる慣習がある場合において、法律行為の当事者がその慣習による意思を有しているものと認められるときは、その慣習に従う。」
と規定していることに基づいています。
それでは、一旦成立した労使慣行を労働者に不利益となる方向で変更する場合、どのような手続が必要になるのでしょうか?
労働条件を不利益に変更するものであるため、終業規則の変更や労働協約の締結が必要になってくるのでしょうか?
それとも、慣行の変更にすぎないとして、より緩やかな要件のもとでも変更が許容されるのでしょうか?
昨日ご紹介した横浜地判令6.12.26労働判例1328-5学校法人桐蔭学園事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。
2.学校法人桐蔭学園事件
本件で被告になったのは、幼稚園、小学校、中学校、高校、中等教育学校、大学を持つ学校法人です。
原告になったのは、
被告の教職員で構成された労働組合(原告組合)、
被告と労働契約を締結している専任教員や非常勤講師の方
です。
賞与の減額や入試手当の廃止に理由がないとして、差額賃金や損害賠償を請求したのが本件です。
原告側は労使慣行の成立が認められるとしたうえ、
「法的効力のある労使慣行は、労働契約の内容となっており、その変更は労使間の合意(労働契約法[以下『労契法]という。』8条参照)による以外には、就業規則の変更又は労働協約の締結によらなければ許されない。本件措置による賞与乗率の引下げや入試手当(監督)の廃止につき、労使間の合意はなく、就業規則の変更や労働協約の締結もされていない以上、本件措置による労使慣行の変更は許されず、無効である」
と主張し、労使慣行の変更の効力を争いました。
裁判所は、労使慣行の成立は認めたものの、次のとおり述べて、労使慣行の変更ができる場面は、就業規則の変更や労働協約の締結の場面には限定されないと判示しました。結論としても、労使慣行の変更を認め、原告の請求を棄却しています。
(裁判所の判断)
「前記・・・で説示したとおり、本件賞与算出方法に基づく賞与及び11万6000円の入試手当(監督)の支給については、第1・第2事件原告個人らを含む中学校、高校及び中等教育学校の専任教員と被告との間の労働契約の内容の一部を構成することになるから、かかる労使慣行を使用者側の一方的意思表示で労働者に不利益に変更することは原則として許されず、その変更には、労使間の合意(労契法8条)が必要となる。しかし、継続的な契約である労働契約では、労使慣行により補完ないし修正された契約内容を変更する必要性も生じるから、その変更を常に労使間の合意がない限り行うことができないとすることは不合理であって、労契法10条による就業規則の変更のほか、就業規則自体を変更しない場合であっても、同条に準じ、労使慣行の変更を内容とする使用者側の措置による変更後の労働条件を労働者に周知させ(以下『周知性』という。)、かつ、当該労働条件の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の労働条件の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の当該労働条件の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、使用者側による労使慣行の不利益変更は許されると解するのが相当である。これに反する原告らの主張は採用することができない。」
3.合理性、周知性によって変更される余地があるとされた
上述のとおり、裁判所は、合理性、周知性によって使用者が一方的に労使慣行を変更することを認めました。
就業規則変更の方法がとられ、これに合理性、周知性が認められる場合に労使慣行が変更されるというのであれば分からなくもないのですが、そうした方法を経ずに使用者が一方的に労使慣行を反故にできるとなると、労使慣行に法的拘束力が認められるといったところで何の意味があるのかという根本的な疑問が生じます。
裁判所の判断には疑問がありますが、こうした裁判例があることは労働者側としても知識として押さえておく必要があります。