1.職種限定合意と配転の禁止
昨年4月、最高裁で職種限定合意を交わしている労働者への配転命令の可否に関する判断が示されました(最二小判令6.4.26労働判例1308-5 社会福祉法人滋賀県社会福祉協議会事件)。
最高裁は、
「労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと解される。上記事実関係等によれば、上告人と被上告人との間には、上告人の職種及び業務内容を本件業務に係る技術職に限定する旨の本件合意があったというのであるから、被上告人は、上告人に対し、その同意を得ることなく総務課施設管理担当への配置転換を命ずる権限をそもそも有していなかったものというほかない。」
と判示し、使用者が職種限定合意を交わしている労働者に対して配転命令を行うことを否定しました。
これにより、職種限定合意が交わされていながら使用者から配転を命じられた労働者が、配転命令の違法性を主張して損害賠償(慰謝料)を請求する途が開かれました。
しかし、これは飽くまでも違法性に関する議論でしかありません。
不法行為を根拠とする損害賠償にしても、債務不履行を根拠とする損害賠償にしても、違法行為が行われさえすれば請求可能になるというわけではありません。損害賠償を請求するためには、法規範に違反している行為が行われるとともに、「故意又は過失」(民法709条)、「債務者の責め」(民法415条1項)と呼ばれる主観的要素が必要になってきます。
職種限定合意が明示的なものである場合、「故意又は過失」「債務者の責め」を立証することにそれほどの困難はありません。合意が存在することが明示されているわけですから、合意への違反に「故意又は過失」「債務者の責め」が認められることは、合意違反行為の存在自体から推認できます。簡単に言うと「分かっていて合意に違反しているのだから、わざとに決まっているだろう」ということです。
しかし、職種限定合意が黙示的に認定される場合、話はそう単純ではありません。黙示的合意は「契約当時に存在した様々な周辺事情から考えると、契約当事者は、このような趣旨で合意(契約)を行ったはずだ」というフィクションによって成立しています。そのため、黙示的合意への違反に関しては「わざとやったに決まっている」という図式が簡単には成り立ちません。まして、一切の配転を排する固い黙示的職種限定合意から、例外的な場合には配転を受け入れる柔らかい黙示的限定合意まで、合意の内容に幅を観念できる場合には猶更です。
それでは、黙示的職種限定合意への違反を理由とする損害賠償請求を行うにあたり、使用者の故意・過失(帰責性)を立証するためには、どのような事実に注目すれば良いのでしょうか? 近時公刊された判例集に、この問題を考えるにあたって参考になる裁判例が掲載されていました。大阪高判令7.1.23労働判例1326-5 社会福祉法人滋賀県社会福祉協議会(差戻審)事件です。これは冒頭で言及した最二小判令6.4.26労働判例1308-5 社会福祉法人滋賀県社会福祉協議会事件の差戻審です。なぜ、差戻審が参考になるのかというと、本件が黙示的職種限定合意に係る事案だからです。
2.社会福祉法人滋賀県社会福祉協議会(差戻審)事件
本件で被告(控訴人兼被控訴人、被上告人、差戻審被控訴人)になったのは、社会福祉法に基づいて滋賀県に設置された社会福祉法人です。
原告(控訴人兼被控訴人、上告人、差戻審控訴人)になったのは、被告との間で労働契約を締結し、被告の運営する長寿社会福祉センター内にある福祉用具センターで、主任技師として、福祉用具の改造・制作、技術の開発などの業務につき勤務してきた方です。
この方は18年間に渡って福祉用具センターの技術職として勤務していたのですが、平成31年3月25日、被告から総務課の施設管理担当への配転の内示を受け(本件配転命令)、本件配転命令は職種限定合意に反する違法なものであるとして、慰謝料等を請求する訴訟を提起しました。
差戻前の一審は、
「原告と被告との間には、被告が原告を福祉用具の製造・製作・技術開発を行わせる技術者として就労させるとの黙示の職種限定合意があったものと認めるのが相当である。」
と判示しており、これが差戻前の二審でも踏襲されたため、本件は黙示的な職種限定合意に係る事案です。
この黙示的職種限定合意を前提とし、裁判所は、次のとおり述べて、被控訴人の過失を認定しました。結論としても、控訴人の損害賠償請求を認めています。
(裁判所の判断)
「控訴人と被控訴人との間には、控訴人の職種及び業務内容を本件業務に係る技術職に限定する旨の本件合意があったというのであるから、被控訴人は、控訴人に対し、その同意を得ることなく総務課施設管理担当への配置転換を命ずる権限をそもそも有していなかったものというほかない。にもかかわらず、被控訴人は、本件合意に反して本件配転命令を行ったものであって、同命令は違法というべきである。」
「しかも、前記・・・で述べたとおり、被控訴人は、控訴人を本件業務に係る技術職以外の職種に就かせることを想定していなかった上、控訴人においても、本件配転命令の発令前に、被控訴人に対し、本件面談を通じて、本件業務に係る技術職を続けたい旨を訴えていたのであるし、G課長が控訴人の前で改造・製作業務をやめるという趣旨の発言をしたときも、被控訴人の内部相談窓口に対し、控訴人の業務を否定することであり、パワーハラスメントに該当するとの通報をしているなど、本件合意の存在をうかがわせる対応をしており、被控訴人としては、本件合意の存在を容易に認識できたというべきであるから、被控訴人には本件配転命令を行ったことについて過失が認められる。」
「したがって、被控訴人による本件配転命令は、控訴人に対する関係で、不法行為を構成するというべきである。」
「この点、被控訴人は、本件面談の際、被控訴人における改造製作業務を行わないことを前提として控訴人に意見を求めたところ、控訴人は、改造製作業務の廃止についてもバスチェアの話に終始しており、職種の廃止については、控訴人の同意が見込めなかったので平成31年3月の年度末に改造製作業務を廃止して、控訴人を総務課へ異動させたと主張する。」
「しかし、本件面談の録音記録・・・とその録音反訳・・・によっても、本件面談の際に、被控訴人が、控訴人に対し、改造製作業務を廃止することを説明して意見を求めたと認められないし、控訴人は、今後も本件業務に係る技術職を続けることを前提に、自己の意見を述べていることが認められるから、被控訴人の主張は採用できない。」
3.意外と簡単に過失が認められている
裁判所は、
①他職種に就かせることは想定していなかったし、
②労働者側も一定の職種を続けたいと訴えるなど、合意の存在を前提として行動していたのであるから、
合意の存在は容易に認識できたはずだ、
として、過失の存在を認めました。
①は黙示的であろうが職種限定合意が認められれば推認される事実ですし、②は紛争における通常の経過です。
また、職種が廃止されることまで説明していないし、職種が廃止されるとは認識していない労働者が異議を述べ続けていたのであるから、説明や意見聴取が不法行為の成立を阻却することはないと判示しました。
裁判所の論理からすると、職種限定合意の存在が立証される紛争事案においては、概ね自動的に「(少なくとも)過失」が認定されると帰結されそうです。
これは損害賠償(慰謝料)請求を容易にする論理であり、本裁判例は、労働者側から同種事案に取り組むにあたり、積極的に活用して行くことが考えらます。