1.慰謝料請求への報復
労働施策総合推進法32条1項2項は、次のとおり規定しています。
「事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」
「2 事業主は、労働者が前項の相談を行つたこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。」
このように不利益取扱の禁止規定があるため、少なくとも表向きは、パワーハラスメントに関する相談を行ったことを理由に解雇その他不利益取扱いを受けることはありません。
しかし、この規定は「相談を行ったこと」を理由とする不利益取扱いを禁止するものであり、「損害賠償請求を行ったこと」を理由とする不利益取扱いまで明示的に禁止しているわけではありません。そのため、会社に対してハラスメント等を理由に損害賠償を請求すると、会社側から、解雇されたり、雇止めを受けたり、懲戒処分を受けたりするなどの不利益処分を受けることがあります。この場合の会社側のロジックは、
ハラスメントはない、
そうであるにもかかわらず、会社に金銭を請求するのは不当請求である、
理由もなく会社から多額の金銭をせしめようとする行為は、信頼関係を破壊する行為であるし、それ自体、非難にも値する、
ゆえに、解雇(雇止め・懲戒処分)を行う、
というものです。
こうした解雇・雇止め・懲戒処分を受けても、裁判所でハラスメントが認定されるケースにおいては、それほどの問題はありません。解雇・雇止め・懲戒処分は理由なく行われたものとして、その効力を否定されます。
しかし、裁判所がハラスメントを認定しないケースではどうでしょうか? 慰謝料請求をしたことは、不当請求として、解雇等の不利益処分の理由となってしまうのでしょうか? 昨日紹介した、東京地判令6.8.16労働判例ジャーナル157-44 リンクスタッフ事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。
2.リンクスタッフ事件
本件で被告になったのは、職業紹介事業を目的とする株式会社です(被告会社)。
被告会社の代表者は代表取締役B(被告社長)です。
原告になったのは、令和4年6月1日、被告との間で期限の定めのない雇用契約を締結した方です。令和4年6月24日付で被告から自己都合退職扱いされたことを受け、労働審判を申し立てた後、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。
本件の特徴は、被告側が労働審判手続中に、原告の真意を正確に理解したとして、自己都合退職したとの主張を撤回し、復職命令通知書を発している点にあります。
この復職命令書には、次のような記載がありました。
「貴殿に対し、本書面をもって、出勤して頂くよう通知いたします。万一、出勤する上で、ご不安な点等があれば、ご相談に応じますので、E本社管理部のCまでお問合せください。なお、通知書に対して、貴殿の言い分があるときは、この文書を受領後、1週間以内に文書で当社宛に提出してください。」
これに対し、原告は、
「復職の意思はあるとしつつ、
〔1〕復職の条件等が記されておらず、不当な対象処分の取消し、賃金の未払い、パワハラ等の不当な取り扱いについての解決がなされていないこと、
〔2〕復職の前提条件として、これらの問題の解決が不可欠であり、解決について双方が合意した後、復職をすること、
〔3〕和解提案として、月額30万円の賃金(バックペイ)及び慰謝料100万円の復職前日までの支払、社会保険資格の回復等、管理部総務及び経理補助としての就労、謝罪及び名誉回復措置、パワハラ防止措置を提示することを内容とする回答書」
を送付しました。
このようなやりとりを経た後、被告は、弁論準備手続期日と内容証明郵便とで二度に渡って解雇権を行使しました。
この時、被告が解雇理由として内容証明郵便に書いたのは、次の事実です。
「貴殿は当社に対し一旦は退職の意思を明らかにした後これを撤回したため、当社は復職を求めましたが、貴殿は法外な損害賠償や謝罪文の掲示及び全社員に対するメール送信等が復職の条件であるとして出社を拒否する一方、賃金の支払い要求を継続しています。このような言動は当社の就業規則に違反するものであることから、当社は本書をもって貴殿を懲戒解雇し、万一懲戒解雇が認められなかった場合は普通解雇します。」
裁判所は、次のとおり述べて、原告が主張するハラスメントの成立を否定したうえ、懲戒解雇の効力も普通解雇の効力も否定しました。
(裁判所の判断)
「原告は、本件行為1から4のとおりの事実があった旨の陳述書・・・を提出し、同旨の供述をしている。」
(中略)
「以上によれば、本件行為1から4は、いずれも認定することができないし、仮に類似する事実があったとしても、指示や指導として社会通念上許容されないような態様のものであったと認めることはできないから、パワハラと評価することはできない。」
(中略)
・懲戒解雇について
「就業規則58条によれば、懲戒に当たっては、懲戒被疑行為の事実関係の調査及び確認や懲戒に付することの適否の判断、懲戒に付する場合における懲戒区分の判定を懲罰委員会において審議することが必要であるところ、本件解雇1、2のいずれについても、懲罰委員会が開催された旨の主張はない。また、審議に当たっては、懲戒被疑者を懲罰委員会に呼び出し、弁明の機会を与えることも必要であるところ、被告は原告の連絡先を知っており、原告が被告からの連絡を受領することを拒んでいるような状況でもないから、被告が復職を拒んでいることをもって、原告に弁明の機会を与える必要がないとはいえない。」
「以上によれば、本件解雇1、2はいずれも、就業規則所定の懲戒手続を経ないものであるから、懲戒解雇として有効ということはできない。」
・普通解雇について
「前記・・・のとおり、復職命令が有効と認められないから、原告は被告の業務命令により自宅待機しているといえ、原告が出勤しないことが、就業規則19条12号、26号、26条1項に反するとはいえない。」
「また、本件訴訟において、被告社長のパワハラを主張し、慰謝料等の支払を求めるなどしていることは、単なる権利行使であって、その態様や主張内容が明確な証拠に反して明らかに虚偽であるとか、権利のないことを不当に請求しているということはできないから、これが就業規則19条27号、33号に反するということもできない。」
「加えて、原告が、就業規則47条1号、2号に該当するということもできない。」
「そうすると、原告に解雇事由があるとは認められない。」
3.請求の棄却=不当請求ではない
本件で注目したいのは、普通解雇の効力を否定した論理です。
裁判所は、原告の主張するパワハラを否定する一方、慰謝料請求は単なる権利行使であるから、普通解雇事由にはならないと判示しました。明示的には述べられていませんが、普通解雇事由にならないものが懲戒解雇事由になるとは考えられにくく、これは懲戒解雇事由としても成り立たないように思われます。
最三小判昭63.1.26民集42-1-1は、訴訟提起が違法とされる要件について、次のとおり判示しています。
「右訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係(以下『権利等』という。)が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である。」
要するに、訴訟提起(金銭請求)がネガティブに捉えられる場面は、かなり限定的に理解されています。
解雇等の不利益取扱いとの関係でも類似の議論が妥当するのかが気になっていたのですが、普通解雇を否定している裁判所の判示を見ると、不利益取扱いの理由としての会社に対する金銭請求も似たような意味合いで理解されているように思われます。
裁判所の判断は、慰謝料等の金銭請求に対する報復として行われる不利益取扱いに対抗して行くにあたり、実務上参考になります。