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パワハラが認められなかったにもかかわらず、自己都合退職扱い撤回後の復職命令の効力が否定された例

1.解雇撤回とパワハラが懸念されることを理由とする就労拒否

 無理筋の解雇に対し、労働者側から解雇無効、地位確認を主張すると、使用者側から解雇を撤回されることがあります。

 これが真摯なものであればよいのですが、敗訴リスクを考慮して解雇を一旦撤回するものの、当該労働者を職場から排除する意思を喪失することなく、退職に追い込むため、あの手のこの手の嫌がらせに及ぶ使用者も少なくありません。

 この種の解雇撤回は、俗に「方便的解雇撤回」などと言われます。方便的解雇撤回に対抗するためには幾つかの法律構成がありますが、その中の一つに「安全配慮義務が尽くされていない」という議論があります。

 方便的解雇撤回が問題になるようなケースでは、しばしば労働者に対するハラスメントが行われています。ハラスメントが昂じて使用者側が解雇を叫び、労働者側から解雇無効を主張され、無理筋の解雇であったことに気づいて解雇を撤回するといったような場合が典型です。

 こうした場合、労働者は、

解雇は撤回されたが、労務を提供することはできない、

労務を提供することができないのは、ハラスメントに対して適切な対応が約されておらず、安全に労務提供するための必要な配慮がなされていないからである、

つまり、労務提供することができない責任は、安全配慮義務(労働契約法5条)を履行しない使用者の側にある、

ゆえに、労務提供してはいないものの、賃金請求は可能である(民法536条2項)、

というロジックで賃金請求を試みます。

 しかし、このロジックにも、問題がないわけではありません。

 具体的には、

解雇に先行してハラスメントが存在したことを立証できるのか?

ハラスメントが立証できたとして、信頼関係を回復するための措置がとられているとはいえないか?

という点が懸念されます。

 ところが、近時公刊された判例集に、パワハラが認められなかったにもかかわらず、復職命令(自己都合退職扱いの撤回)の効力を否定した裁判例が掲載されていました。東京地判令6.8.16労働判例ジャーナル157-44 リンクスタッフ事件です。

2.リンクスタッフ事件

 本件で被告になったのは、職業紹介事業を目的とする株式会社です(被告会社)。

 被告会社の代表者は代表取締役B(被告社長)です。

 原告になったのは、令和4年6月1日、被告との間で期限の定めのない雇用契約を締結した方です。令和4年6月24日付で被告から自己都合退職扱いされたことを受け、労働審判を申し立てた後、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の特徴は、被告側が労働審判手続中に、原告の真意を正確に理解したとして、自己都合退職したとの主張を撤回し、復職命令通知書を発している点にあります。

 この復職命令書には、次のような記載がありました。

「貴殿に対し、本書面をもって、出勤して頂くよう通知いたします。万一、出勤する上で、ご不安な点等があれば、ご相談に応じますので、E本社管理部のCまでお問合せください。なお、通知書に対して、貴殿の言い分があるときは、この文書を受領後、1週間以内に文書で当社宛に提出してください。」

 これに対し、原告は、

「復職の意思はあるとしつつ、

〔1〕復職の条件等が記されておらず、不当な対象処分の取消し、賃金の未払い、パワハラ等の不当な取り扱いについての解決がなされていないこと、

〔2〕復職の前提条件として、これらの問題の解決が不可欠であり、解決について双方が合意した後、復職をすること、

〔3〕和解提案として、月額30万円の賃金(バックペイ)及び慰謝料100万円の復職前日までの支払、社会保険資格の回復等、管理部総務及び経理補助としての就労、謝罪及び名誉回復措置、パワハラ防止措置を提示することを内容とする回答書」

を送付しました。

 このようなやりとりを経た後、被告は、弁論準備手続期日と内容証明郵便とで二度に渡って解雇権を行使しました。

 本件では、解雇の効力を検討するにあたっての先決問題として復職命令の効力が問題になりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、これを否定しました。結論としても解雇は無効であるとし、地位確認請求を認容しています。

(裁判所の判断)

「原告は、本件行為1から4のとおりの事実があった旨の陳述書・・・を提出し、同旨の供述をしている。」

「しかしながら、本件行為2、3については、それ以外に補強となるような証拠は見当たらない。

「また、本件行為1については、認定事実・・・に加え、書類のホッチキス止めについて、少なくとも被告社長の意向と異なるという趣旨での原告のミスがあったことについては、当事者双方に争いがないことからすると、被告社長がこの点について原告を注意し、その際、声が大きくなるなど、原告が圧迫感を感じる場面があったことは否定できない。しかしながら、これが令和4年6月10日のことであったと認めるに足りる証拠はない。また、その態様が、指示や指導として社会通念上許容されないようなものであったと認めるに足りる証拠もない。」

「本件行為4については、認定事実・・・のとおり、令和4年6月23日又は24日、被告社長が原告に帰宅を指示した事実は認められるものの、その態様が「怒鳴りつける」もので、指示や指導として社会通念上許容されないようなものであったことを認めるに足りる証拠はない。」

「原告は、転職サイト上、被告社長のパワハラが複数記載されている旨主張するが、本件行為1から4の存否を基礎づけるに足りる事情とはいえない。」

以上によれば、本件行為1から4は、いずれも認定することができないし、仮に類似する事実があったとしても、指示や指導として社会通念上許容されないような態様のものであったと認めることはできないから、パワハラと評価することはできない。

(中略)

「認定事実・・・のとおり、被告は、原告に対し、令和4年6月27日、終期を定めずに、同日以降、出勤せずに自宅に待機することを命じた。また、認定事実・・・を超えて原告が明示的に退職の意思表示をしたと評価することのできる事実は認められないし、原告が同日の出勤をタイムカードに記録していること、C氏に被告社長の帰宅指示の意味を確認していることからすれば、少なくとも同日には、原告が退職の意向を有していないことは明らかであった。しかるに、被告は、原告と連絡をとることもなく、前提事実・・・、認定事実・・・のとおり、原告が退職したものとして処理している。」

「そして、被告は、本訴においても自宅待機を命じた事実を否認している。また、被告は、原告に対し、復職を命じているものの、労働審判により、原告から賃金等を請求された後の時期である。また、本訴における主張の攻防の際に言及されたものを除けば、復職命令の通知は1回にすぎず、その内容も認定事実・・・のとおり、時期も場所(部署)も指定せず、労働条件を従前どおり扱うかどうかも明示しないものであった。さらに、これに対する原告の回答には、認定事実・・・のとおり、賃金やパワハラによる慰謝料の支払を求める部分など、必ずしも復職すべきかどうかに直結しない部分もあったものの、所属部署の確認やパワハラ防止措置を求める部分など直接関係する部分もあった。しかるに、被告は、労働条件やパワハラの主張に対する回答等を含めて、何らの応答もせず、原告と復職について協議する姿勢を示していない(本訴において主張を提示しあうことは復職に向けた協議とはいえない。)。加えて、原告の復職先としては認定事実(2)ウのとおり、従前と同じ管理部が予定されており、被告社長との接触が避けられないと考えられるが、原告からパワハラをしたと主張されている被告社長と原告との間の再度のトラブルの防止のための調整などが行われた形跡はない。」

以上によれば、被告による復職命令は、原告との係争を有利にするための形式的なものにとどまるといえ、真に原告を復職させる趣旨のものであったとはいえず、有効とは認められない。

3.復職命令の事案であるが・・・

 以上のとおり、裁判所は、パワハラの存在を否定しつつ、復職命令の効力も否定するという判断を行いました。パワハラが存在しないのだから、パワハラ対策は不要で、パワハラ対策を行っていなくても復職命令は有効という形式論理的な結論は採用しませんでした。結局、パワハラが存在しようがしまいが、退職扱いをした労働者を呼び戻すにあたっては、信頼関係を回復させるために真摯な対応をしなければならないということなのだと思います。

 本件は自己都合退職扱いの撤回とそれに引き続く復職命令の事案ではありますが、その論旨は解雇撤回の場合にもあてはまるもので、実務上参考になります。

 




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