1.パワーハラスメント
令和2年厚生労働省告示第5号『事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』は、パワーハラスメントの類型の一つとして、
精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)
を掲げています。
「精神的な攻撃」には、
他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと
などがこれに該当します。
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000584512.pdf
近時公刊された判例集に、大声での威圧的叱責に不法行為該当性が認められた裁判例が掲載されていました。ここ何日か紹介している、大阪地判令6.11.22労働判例ジャーナル157-26 GHS事件です。この事件で興味深く思ったのは、机をたたきながら大声を挙げたことが違法性を認めるための決め手になっているように思われることです。
2.GHS事件
本件で被告になったのは、
ホテルの経営等を業とする株式会社(被告会社)
被告会社の経営するホテル(本件ホテル)の宿泊部長(被告c)
の二名です。
原告になったのは、被告との間で有期労働契約を締結し、本件ホテルの宿泊部門で働いていた方です(本件労働契約)。
雇止めの効力の効力を争って地位確認を求めるとともに、被告cからパワーハラスメントを受けたことを理由とする損害賠償を請求したのが本件です。
パワハラとの関係において、原告は、被告cから殊更にうそつき呼ばわりされたことを問題視しました。
これに対し、裁判所は、次のような判断を下しました。
(裁判所の判断)
「被告cは、令和4年3月20日、フロントの裏にある部屋の被告cの机の近くで、原告に対し、マッサージ店の伝票処理や客室管理事務所の鍵の紛失等について指導を行った。その中で、被告cは、『間違ってたやろ』『うそつき』『どんだけ人に迷惑掛けたら気が済むんだ』『いい加減なことばっかしやがって』『中途半端なことしやがって』『いつ辞めてもらってもいいねんぞ』などと言い、机をたたきながら、大声で叱責した・・・。なお、上記指導内容に関する原告の供述は、具体性がある上、被告cが机をたたく場面を原告の同僚が目撃していたことや・・・、被告cが本件面談において『私がこの前むちゃくちゃ雷落として、うそつくなって怒ってからだよね?』と述べていること・・・と整合していることなどに照らすと、信用することができる。これに反する被告cの供述は、上記の自身の発言に係る指導の場面について覚えていないとのあいまいな供述をしていることに照らすと、採用することができない。確かに、被告cが指導していた際、フロントと裏の部屋との間のドアが開いていた事実は認められるが・・・、客に聞こえる可能性があったとしても、冷静さを欠いて大声で部下を叱責することは十分にあり得ることであるから、これをもって原告の供述に対する評価が左右されるものではない。」
「原告は、同年4月2日、客の個人情報を書いた紙を処理していなかったにもかかわらず、被告cから質問された際、処理した旨回答した。その後、原告が紙を処理していなかったことが発覚すると、被告cは、原告に注意をした上、フロントにおいて、原告の同僚に対して原告がうそをつくという話をし、フロントの裏の部屋にいた原告にもこの話が聞こえていた。・・・」
(中略)
・令和4年3月9日以降のうそつき扱いについて
「原告は、本件ホテルのマッサージ店の伝票処理に関する事実確認が行われて以降、被告cからうそつき扱いされ、周囲にも原告をうそつき扱いされるようになった旨主張する。」
「しかしながら、原告の主張するパワハラの内容自体、被告cが具体的にどのような発言をしたのかが明確でなく、抽象的である上、原告がマッサージ店の伝票処理に関する事実確認の際に伝票処理に関与していない上司の名前を出したことや、原告自身、本件面談において、1回か2回はうそをついたことを自認していること・・・を踏まえると、被告cがうそをついたとして原告を指導ないし叱責したり、他の社員に原告がうそをついたなどと述べたりしたとしても、ただちに業務上必要かつ相当な範囲を超えた違法な言動ということはできない。」
・同月20日の叱責について
「上記認定事実のとおり、被告cは、同日、フロントの裏にある部屋において、原告に対し、マッサージ店の伝票処理や客室管理事務所の鍵の紛失等の件について指導する中で、『間違ってたやろ』『うそつき』『どんだけ人に迷惑掛けたら気が済むんだ』『いい加減なことばっかしやがって』『中途半端なことしやがって』『いつ辞めてもらってもいいねんぞ』などと言い、机をたたきながら、大声で叱責した事実が認められる。」
「このような態様による叱責は、威迫感や恐怖心を与える行動を伴って、原告の社員としての不適格性を不穏当な表現を用いて述べるものであって、原告がマッサージ店の伝票処理に関する事実確認の際に伝票処理に関与していない上司の名前を出したことや、同年2月から同年3月にかけて業務上のミスをくり返していたことを踏まえても、職場における優越的な関係を背景として、業務上必要かつ相当な範囲を超えて、原告に対して過度な精神的苦痛を与え,その就業環境を害するものであるといわざるを得ず、不法行為を構成するものと認められる。」
・同年4月2日午前中の叱責とうそつき扱いについて
「上記認定事実のとおり、被告cは、同日、原告が客の個人情報を書いた紙を処理していなかったにもかかわらず、処理した旨回答したことについて、原告を注意した上、フロントにおいて、原告の同僚に対して原告がうそをつくという話をした事実が認められる。 」
「しかしながら、原告が被告cからの質問に対して事実と異なる回答をしたことを踏まえると、被告cが原告の同僚に対して原告がうそをつくという話をしたことをもって、ただちに業務上必要かつ相当な範囲を超えた違法な言動ということはできない。」
・本件面談での発言について
「原告は、本件面談において、被告cが主導して、自ら原告に貼った職場でのうそつきという扱いを他2名の上司と共に上塗りし、雇止めを正当化するため、原告を退職に向けて精神的に追い詰めた旨主張する。」
「確かに、本件面談において、被告cは『何で、そんな一々うそつくんか分からへんねん。』などと、原告がうそをつく旨を度々述べており・・・、このような発言は原告に対する指導として適切とは言い難いものの、原告自身、本件面談において、1回か2回はうそをついたことを自認していることなどを踏まえると、これらの発言をもって、ただちに業務上必要かつ相当な範囲を超えた違法な言動ということはできない。」
「また、本件面談には、原告がe及びdとの間で原告の過去の発言の有無等について口論する場面があるものの、その真偽は定かではなく、本件面談の全体の流れをみても、上司ら3名が原告を代わる代わるうそつき扱いしていたと評価することもできない。」
3.机をたたきながら大声を出したことが決め手になったか?
対象とされた4つの行為のうち、3つは嘘を自任していたことが根拠となって違法性を否定されました。しかし、内1つは、マッサージ店の伝票処理に関する事実確認の際に伝票処理に関与していない上司の名前を出したことを考慮しても、うそつき呼ばわりしたこと等が違法だと判示されました。
他にも不穏当な文言が使われているという差異もあるものの、違法性が認められるのか/単に不当というに留まるのかの分水嶺には、机をたたきながら大声が用いられているところが決め手になったのではないかと思われます。
これは個人的に興味を引かれるところです。
パワハラの相談を受ける中で、録音資料を確認していると、
人格否定的な言葉はないものの、机が叩かれたり、大声が出されたりしている事案、
机が叩かれたり大声が出されたりしているものの、不穏当な言葉の背景に一定の事実的基礎が認められる事案、
を目にすることがあります。
机が叩かれている音や発声量は録音反訳上に現れないため、録音反訳を眺めているだけだと、こうした事案ではハラスメントの成立が見過ごされがちです。
しかし、同じようなことを言っていても、机をたたくといった挙動や、声量によって違法/(不当ではあるものの)適法の評価が分かれてくることもあります。
長さによっては一から音声を聞くことは難しいものの、文言に現れない動作や声量を確認することの重要性を意識させる事案として、弁護実務上参考になります。