1.公務員の残業問題
公務員の場合、残業代の原資が予算によって厳格に管理されています。
民間の場合、予想外の支出が生じても借入等によって比較的柔軟に対応できますが、地方公共団体の場合、想定よりも残業が増えたとしても、残業代の原資を調達することが容易ではありません。
そのため、公務員の世界では、実際よりも短い時間を超過勤務命令簿に記載するという病理現象が生じがちです。
こうした実体を反映しない超過勤務命令簿は、裁判実務でもしばしば問題を引き起こしています。典型的には、我慢の限界を迎えた職員が提起する残業代請求事件や、過労自殺をした職員の遺族が提起する損害賠償請求事件です。このような訴訟では、超過勤務命令簿の信憑性が、権利行使の壁となって立ちはだかります。
近時公刊された判例集にも、自殺に関連する労災民訴(公務災害民訴)との関係で、超過勤務命令簿における残業時間が過少申告されていた事案が掲載されていました。昨日もご紹介した、甲府地判令6.10.22労働判例ジャーナル156-18 甲府市事件です。
2.甲府市事件
本件は、いわゆる労災民訴(公務災害民訴)の事案です。
甲府市職員として勤務していたP4が市役所庁舎から投身自殺したことを受け(令和2年1月17日死去)、その相続人であるP1、P2が、市に対して損害賠償を請求したのが本件です。自殺の原因は、被告が注意義務を尽くさず、P4が長時間勤務を強いられたからだというのが、原告らの主張の骨子です。
本件においても、超過勤務命令簿に記載された勤務時間とパソコンの起動時間から裏付けられる実際の在庁時間には相当な懸隔がありましたが、裁判所は、次のとおり述べて、被告甲府市の責任を認めました。
(裁判所の判断)
「P4の所定勤務時間は、平日午前8時30分から午後5時15分まで(うち休憩時間は、正午から午後1時まで)の1日当たり7時間45分であった・・・。」
「被告においては、平成31年度当時、管理職の勤務時間は各人に貸与された被告の業務用パソコン・・・の稼働時間により把握されていたが、管理職以外の職員の勤務時間は、パソコンの稼働時間によっては把握されておらず、これらの職員が、所定勤務時間を超えて勤務するときは、超過勤務命令簿に所要事項を記入し、任命権者又はその委任を受けた者(事務効率課においては、平成31年度当時はP5課長)に提出し、命令を受けなければならないとされていた・・・。」
「平成31年4月から本件自殺の前日である令和2年1月16日までの各月の所定勤務時間外にP4のパソコンが稼働していた時間は、別表1の『パソコン稼働時間』欄記載のとおりであった・・・。また、P4は、職員採用試験の業務のため、令和元年9月22日(日)午前8時から午後3時45分まで、及び同年11月2日(土)午前8時30分から午後0時30分までの間、市役所庁舎外で勤務した・・・。他方、P4が超過勤務命令簿に記入していた所定時間外勤務時間は、別表1の『申告時間数』欄記載のとおりであった・・・。」
(中略)
「被告においては、平成31年度当時、管理職以外の職員が所定勤務時間を超えて勤務するときは、超過勤務命令簿に所要事項を記入し、任命権者又はその委任を受けた者に提出し、命令を受けなければならないとされていたが、事務効率課では、年度当初より、月末にまとめて超過勤務時間を申告する運用が定着しており、P5課長は、P4の超過勤務命令簿に記録された時間数と同人が実際に市役所に在庁している時間には隔たりがあることを認識していた。」
「そのため、P5課長は、P4に対し、所定勤務時間外に在庁する理由について確認するとともに、超過勤務命令簿には勤務実績に応じた適切な時間外勤務時間を記載するよう複数回にわたり指導をしていたが、P4は、所定勤務時間外に在庁する理由について、『勉強として調べものをしているので。』、『手が遅いから時間がかかっているだけなので。』などと説明し、超過勤務命令簿には、別表1の『申告時間数』欄記載の時間を記載していた。」
(中略)
「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の当該注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである(最高裁平成12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁)。」
(中略)
「P4は、事務効率課に配属されてから本件自殺までの間、精神的な重圧を伴う業務に、連日、長時間にわたって従事し、特に、繁忙期である令和元年5月から7月上旬まで及び同年11月中旬から12月末までの時間外勤務時間は、概ね、別表2の「時間数」欄記載の時間数のとおり、令和元年5月22日から同年6月20日までは207時間23分、同月21日から同年7月20日までは107時間27分、同年11月18日から同年12月17日までは209時間30分、同月18日から令和2年1月16日までは148時間22分と極めて長時間に及んでいた。P4のこのような業務の負担は、一般の労働者を基準とした場合、過重(特に量的に過重)というべきであり、P4は、このような業務の負担によって心身の健康を損なう蓋然性の高い状態にあったというべきである。」
(中略)
「前提事実及び認定事実によれば、P5課長は、P4の超過勤務命令簿に記録された時間数と同人が実際に市役所に在庁している時間には隔たりがあることを認識しており、令和元年12月6日には、P8課長からの連絡等を契機として、P4が、前日の同月5日の深夜、日をまたぐ時間帯に至るまで在庁していたことを認識していた。」
「そうすると、P5課長は、遅くとも令和元年12月上旬には、P4の勤務時間が、一般の労働者を基準としても過重なものとなっており、P4の心身の健康状態を悪化させ得るものであったことを認識することが可能であったというべきであるから、その頃までには、P4のパソコンの稼働時間等の客観的な記録を確認するなどして、P4の正確な時間外勤務時間を把握した上で、これを踏まえてP4の業務内容を変更するなどの措置を講ずべき義務を負っていたというべきである。」
「そうであるにもかかわらず、認定事実記載のとおり、P5課長は、令和元年12月上旬以降も、P4に対し、前日の退庁時刻を口頭で確認するなどの対応をするにとどまり、P4の正確な時間外勤務時間を把握した上で、これを踏まえてP4の業務内容を変更するなどの措置を講じなかったのであるから、その余の点について判断するまでもなく、被告は、P4に対する前記義務の履行を怠ったというべきである。」
3.形だけの注意ではダメ
推測にはなりますが、
「年度当初より、月末にまとめて超過勤務時間を申告する運用が定着しており」
とあるのは、月毎の残業代の予算から逆算して超過勤務時間を割り付けていたからではないかと思います。
注意はするのでしょうが、それは多分に儀式的なもので、
注意をする側には本気で残業問題を解消するつもりはないし、
注意をされる側にも窮状を訴えたところで何とかしてくれるという期待はなかった
のだと思います。
職員が自殺するに至り、裁判所から問題だと指摘される事案は後を絶たないのですが、
「年度当初より、月末にまとめて超過勤務時間を申告する運用」
はなかなか改まりません(私自身も実務の中で、こうした運用を目にすることがあるため、一自治体の問題ではないのだと思います)。
職員数を増やすなり、業務量を減らすなり、国や地方公共団体は、この過少申告問題に対し、抜本的な対策をとるべきではないかと思います。